第517話


「さて・・・、と」

「・・・」

「行くよっ」

「はいっ」


 時刻は丑三つ時を僅かに過ぎた辺り。

 まだ陽が昇る気配は無く、辺りの静寂の中に、俺達の張り詰めた空気が広がっていた。


(やはり、シエンヌは教団の深い部分を知っているのか・・・)


 シエンヌから得た情報で、この時間を突入に選んだ俺達一行。

 警備も交代迄あと少しといったところで、姿は未だ確認出来ていないが、疲れはピークながらも、任務の終了目前で緊張は緩み始める時間帯。


(此処がベストな狙い時ってな・・・)


「ブラート」

「ふっ、行けるぞ」


 最後迄、緊張を鎮める様に、愛用の得物である弓の確認をしていたブラート。

 シエンヌの呼び掛けにも静かに応え、この男ならではの冷静さを示したのだった。


「戦闘は極力避けるよ」


 そう言って、足音を殺しながら踏み出したシエンヌに、ブラート、俺の順で続く。


「・・・」


 無言で俺へと視線を送って来たブラートに、俺は耳に魔力を注ぎ、背後からの物音に警戒を強める。


「・・・っ」


 すると、ブラートは聞こえるか聞こえないか位の音量で、口元だけで笑った。


(シエンヌは察知能力を経験に頼るタイプなんだな)


 俺には分からない様な危ない橋を渡っているであろうシエンヌ。

 その経験から、並以上の危機察知能力は有るのだろうが、魔力を操る能力には優れていないのだろう。


(敢えてアルティザンを連れて来なかったのか、身軽に動く事を良しとしたシエンヌとブラート)


 勿論、ディシプルに残るアンジュと刃を心配してくれたのかもしれないが、この人数、そして構成の方が、危機に陥った時にアッサリ撤退を選べるだろう。


「・・・っ」


 そんな事を考えながらも、背後を警戒していた俺の視界の端で、ブラートが腕を伸ばし、シエンヌの肩に軽く親指で触れた。


「待ちな・・・」

「・・・」


 シエンヌは極限迄潜めた声量で、俺達というよりも、俺に向けて言いながら、右腕で動きを制しながら、左腕には得物の黒刃に黒い柄のナイフを手にし・・・。


「・・・」


 地面に落ちた石に当てる様に放ると、金属が打ち付けられ、闇夜の静寂に異質な高音が響いた。


「何・・・」


 すると、その音に誘われたのか、警戒に当たっていた教団の僧兵の男が、警戒しつつも此方へと歩み寄って来て、闇夜に潜み隠れてしまったナイフを通り過ぎた・・・、刹那。


「・・・っ⁈」


 シエンヌは音も無く僧兵の視界に入り、僧兵は暗闇に突如として現れた真紅に驚いた事だろう。


「ぅっ・・・」


 驚きの表情を浮かべたまま、まともに呻き声も上げれず、膝から崩れ落ちた僧兵。


(即効性の毒か・・・)


 先程放ったナイフの黒刃には、かなり強力な毒が仕込まれていたのだろう。

 その黒刃はしっかりとは刺さっておらず、僧兵の首を掠めただけなのに、崩れ落ちた僧兵はピクリとも動かなくなった。


「・・・」


 今度はブラートが薬指でシエンヌに触れると、シエンヌは警戒もせずにしゃがみ込み、アイテムポーチから護符を取り出して僧兵へと放ると・・・。


「・・・っ」


 一瞬で炎が僧兵の全身を包み、炎が消えると其処に僅かな灰だけが残っていた。


「・・・」


 其れを確認すると、今度は人差し指でシエンヌの背に触れたブラート。


「行くよ」


 すると、かなり衝撃的な光景を展開したにも関わらず、特に気にした様子も見せず移動を再開するシエンヌ。


(ブラートの触れる指は、其々に意味の有る合図って事か・・・)


 俺には伝えていなかった事だが、今更短期間で、下手な連携を図る事を良しとしなかったという事だろう。

 それならばと、俺は自身の役割である背後への警戒へと集中する。



「此処は・・・」


 その後、数人の僧兵を仕留めながら俺達の辿り着いた先。

 其処には、サンクテュエール城よりも豪華で巨大な建物が建っており、俺は若干引いていた。


「着いたね・・・」

「じゃあ?」

「・・・」


 シエンヌの呟きに、短く問い掛けた俺だったが、シエンヌは何処か感慨深そうに眼前の建物を見据え、俺の問いには答えてはくれなかった。


(余程、特別な場所なのか・・・)


 先程迄は、警戒を一切解かなかったシエンヌのそんな様子に、俺は此処が総本山である事を正確に理解したのだった。

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