第509話
「そもそも、先立つものが無いですよ」
デュックの申し出を断るのに、最も単純で分かりやすい理由を述べる。
現在、俺の財布から出る費用は、ディシプルの真田家の家計と、俺の活動の為の渡航費や消耗品分だけなので、貯えはかなり有るのだが、其れは将来の為のものだった。
「値段は気にする事無いよ」
「いやぁ・・・」
デュックの言葉に、流石に手を振り、辞する態度を示す俺。
「本当に、そう思っているんだよ」
「ですけど・・・」
「持ち続けるのもきついのだけれど、手放すなら信頼のおける相手に任せたいと思っていてね」
「はぁ・・・」
この場合のきついとは、予算の問題では無く、フレーシュの母との思い出の話なんだろう。
(信頼は有り難いし、家族の為にも、此処を持ち続けられる位の財力は維持したいものだが)
「でも、デュック様はそれで良いのですか?」
「ん?まぁね・・・」
俺からの問いに、口では問題無い風にしているが、内心はやはり寂しさがあるのだろう。
「虫のいい話だけど、アンベシルが独り立ちをしたら、此方に移り住んで、彼女と生きていきたいと考えていたんだよ」
「そうでしたか」
「ああ。家の事があるとはいえ、彼女には大変な思いしかさせて来なかったし、自分勝手な償いを決めていたんだよ」
「・・・」
そう語るデュックに、語り掛ける言葉を持っていない俺は、静かに其れを聞く事しか出来なかった。
(それは単純にフレーシュの母に対してだけで無く、その先にいるフレーシュに対する思いもあるのだろうな)
ただ、デュックの思っていた通りにはならず、フレーシュの方が先に生活の基盤を築き、母を迎え入れたのだが・・・。
(ディシプルに移り住んだ後、フレーシュから母を紹介された事があったけど、決してデュックの事を悪く思っている感じは無かったんだよなぁ)
それでも、ディシプルに移った理由は、一つにはミニョンの母にして、デュックの正妻との関係と、フレーシュに甘えてあげる事が、それ迄大変な思いをさせて来た彼女を救う事にもなると考えたのだろうけど・・・。
(デュックがフレーシュの母と生きていくつもりだったのなら、其れにミニョンの母が気付いていても不思議では無いし、此処の存在には思うところもあるだろう。ただ、デュックにとって大事な場所なのだろうし、フレーシュの母にとっても悪い思い出ばかりでは無いだろうし)
そう考えると、引き受けてあげるのも悪くないかもしれないなぁ・・・。
(将来的に、デュックがもう一度手にしたいと思うかもしれないし、フレーシュとの関係もあるしな)
「分かりました」
「良いのかい、司君?」
「えぇ。でも、引き受けはしますが、もしもう一度手にしたくなったら、直ぐに言って下さい」
「司君・・・。ありがとう」
正式な契約書と引き渡しは後日という事にし、俺は王都の外れの屋敷を引き受ける事にしたのだった。
「失礼します」
「ん?いらっしゃったか?」
「はっ」
「お待たせしました。父上」
「ああ、アンベシル」
デュックお付きの衛兵が部屋に入って来て、いよいよ国王登場かと席を立ち上がった俺達。
ただ、先ず部屋に入って来たのは、先程も話に出ていたアンベシルだった。
(少し、でかくなったな)
学院にいる時は、俺と同様小柄だったアンベシル。
ただ、久し振りに目にしたアンベシルは、間違い無く俺より頭一つは大きく、身体付きも厚みのあるものになっていた。
(目つきも変わったし、もうオークそっくりというのは失礼だろうな)
「久し振りだな、真田殿」
「あ、あぁ・・・」
「この度は、彼の地での働きご苦労だった」
「どうも」
王国の貴族としての立場という事だろう。
アンベシルは、挨拶もそこそこに俺をタブラ・ナウティカの件で労って来て、俺の方はまごまごした対応しか出来なかった。
「陛下は?」
「直ぐに、準備が出来る」
どうやら、国王は別部屋に案内したらしく、其処で俺達を迎え入れる準備を進めているらしい。
(まぁ、いきなり此処に乗り込まれるよりはその方が良いな)
国王も其れが分かった上で、此方に気を使ってくれているのだろう。
「・・・うむ。では、真田殿」
「はい」
やがて、使いの衛兵が部屋に来て、アンベシルが俺へと呼び掛けて来た。
アンベシルの後に続いて行った先。
「陛下。真田殿をお連れしました」
「うむ。ご苦労」
アンベシルが前をあけると・・・。
「・・・っ」
日頃とは、全く違う様子の国王が其処には居たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます