第508話
デュック曰く、此処はまだ彼が家を継ぐ以前、父親の下で跡継ぎとして、修行の日々を奔走している時に、資料置き場と勉強部屋として購入したものという事だった。
「作業は捗りそうですね」
「ああ。アンベシルを見てると、あの頃を良く思い出すよ」
「なるほど・・・」
デュックから出て来た懐かしい同級生の名。
彼が感傷的になるのは、フレーシュの母親とサンクテュエール王都とディシプルで離れ離れになった事もあるのだろうが、息子に自身の若い頃の姿を重ねて、より其れが増しているのだろう。
(まぁ、この絵になる横顔と、オークフェイスのアンベシルだと、俺の中では二人が重なる事が無いのだが・・・)
「元気にやってますか?」
「ん?ああ。今は勉強の日々だけどね」
「それは・・・、そうなりますよね」
「本人も一つ一つ、亀の歩みで理解をしていっているよ」
「そうですか・・・。確かに彼奴は、そうやって最終的に首席で卒業したんですよね」
「ああ」
入学当初は、決して成績優秀とはいえなかったアンベシル。
歳下の同級生にはローズ、フレーシュが居て、実技なら俺にルチルも居る。
この状況の中で腐らずに、一つ一つ課題をクリアしていき、数多ある自身の弱点を潰していった結果が、あの年の首席卒業という実績だった。
(一部の下品な連中はローズの留年を理由に、アンベシルの其れを貶す様な事をしたが、本人は其れに挫ける事なく、今も努力を重ねていたのか・・・)
「初め、アンベシルがスタージュ学院に留学に行きたいと言った時は、かなり悩んだんだけどね」
「そうだったのですか?」
「ああ。ローズに対する気持ちが勝っていたし、本当に勉強に集中出来るのかとね」
「は、はは・・・」
デュックの言葉に、何とも反応し辛く乾いた笑いで応えた俺。
「それにスタージュ学院はサンクテュエール内でも屈指のレベルの高さだし、当時のアンベシルでは厳しかったからね」
「そうですね」
「でも、帰って来たアンベシルを見て、驚かされたよ」
「はい」
「送り出した時とはまるで別人の様に成長した姿で帰って来たからね」
先程迄の寂しげな雰囲気とは打って変わって、優しさを感じさせる目を細めるデュック。
「今となっては、あの時の判断を間違っていなかったと言えるよ」
そう言って、俺達を屋敷の奥へと案内してくれたのだった。
「陛下の到着の時間は聞かれていますか?」
「いや、実は私も急に命を受けてね。慌てて、此処の掃除をさせたんだよ」
「そうでしたか」
あの国王にしては珍しいと思う内容。
(タブラ・ナウティカの処理は確かに早かったけど、先回りして準備してそうなものだけど)
「陛下も殿下への引き継ぎに追われているからね」
「なるほど」
「陛下の時代に大陸の平定の殆どが済み、殿下の時代はどうなっていくのか・・・」
「デュック様・・・」
遠い目をしてそんな事を呟くデュック。
「僕やケンイチ将軍は、その間を取り持って、アンベシルやローズ、そして司君に伝えていくのが仕事なんだよ」
「え?私は・・・」
「はは、グリモワール様はまだ諦めていない様だよ」
「はぁ・・・」
そんなデュックの言葉に、少しだけげんなりとしてしまう。
「先ずは、王都に屋敷を持つところからかな?」
「そんな、俺にはまだまだですよ」
「はは、それは私以外の前では言わない方が良いよ」
「はい・・・」
デュックの言葉に、目一杯首を振った俺だったが、彼は笑いつつも、優しく忠告をして来てくれた。
(勿論、デュックにならば、ちゃんと俺の真意は伝わると分かっているからだし、他の貴族達の前でこの態度だと、影で何を言われるか分からないからな)
「どうだろう、司君」
「デュック様?」
「司君の王都の生活用に、此処を買ってみないかい?」
「ええーーー?」
急なデュックからの申し出に驚きの声を上げた俺。
ただ、俺に告げて来たデュックの表情には、冗談を言っている感じは無いのだった。
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