第506話


「方針は固まったか?」

「・・・ブラートさん。えぇ」


 流石に、サンクテュエールの深い部分の内容を聞く訳にはいかないと、席を外していたブラート。

 外交官達が国王に連絡を取り、俺に国王から出た指令は、タブラ・ナウティカの復旧作業の進みを見てからの帰国だった。


「まあ、そう時間は掛からないだろうがな」

「・・・はい」


 ブラートの言葉に短く応える俺だったが、その声はハッキリとしたものでは無かった。


(ナヴァルーニイとの関係を聞きたいところだが・・・)


 勘の鋭いブラートから、スラーヴァの事を聞き出される可能性もある。


(スラーヴァの事は仲間達には伝えていないが、戦闘中の俺の対応の変化から、何かを察しているかもしれないし、何より・・・)


 そうなって来ると、スラーヴァの素顔の話にもなるだろうし、其れはどんなに仲間達を信頼していても避けたかった。


「・・・」

「ふっ」


 二人の沈黙の間を破ったのは、ブラートのニヒルな笑みだった。


「ブラートさん?」

「無理をするな、司」

「・・・」

「気になる事が有るなら聞いてくれれば良い」

「それは・・・」

「無論。答えられない事も有るがな」


 答えられない事が一番聞きたい事だし、それが聞けないのに、スラーヴァの事を話さなければいけない可能性を高めたくなかったが・・・。


(でも、こう言われたら、聞くしかないんだよなぁ)


「ナヴァルーニイがルグーンに協力しているって事は、エルフ族も協力しているって考えるべきなんですかね?」

「どうかな」

「え?でも・・・」

「エルフ族は一族の掟には従うが、長に絶対服従という訳ではないからな」

「じゃあ、ナヴァルーニイがこの先、長を継ぐ事になっても大丈夫なんですかね?」

「いや、エルフ族の長は世襲制では無いからな」

「え?そうなんですか」

「ああ。選ばれた者がなるからな」

「でも、それだと・・・」

「それだけは、させるつもりは無い」


 俺はブラートの意外な発言に驚きを覚える。


「ブラートさんは、その・・・」

「どうした?」

「・・・一族に未練みたいなものがあるんですか?」


 日頃のブラートとのやり取りで、旅を楽しんでいる様な発言があった為、エルフ族に未練など無いと勝手に思っていたのだが・・・。


「これは、未練では無いさ」

「なら・・・?」

「俺の背負いし、宿命の様なものだ」

「宿命・・・、ですか?」

「ああ」


 この人と話す時に、度々耳にする宿命という言葉。


(此の世界では違和感の無い単語なのかもしれないが、日本生まれの俺からすると、その意味の重さに慣れないのだが)


「・・・っ」

「ん?どうした?」

「いえ、ちょっと・・・」

「ふっ、そうか」


 俺の反応に何かあるとは分かった筈だろうが、無理には聞いて来ないブラート。


(スラーヴァの事・・・。あの事を聞けるとすれば、俺と同じ召喚者であるあの男くらいだろう)


 出会いは最悪だったし、それ以降も苦手意識も有り、召喚の状況に付いて等、深い話をする事が無かったが・・・。


(一度、その辺に付いて話をしてみるか・・・)


「ブラートさんの賞金って、ナヴァルーニイの母親を殺した事が理由なんですか?」

「ああ。エルフ族は一族殺しが重罪だからな」

「理由は聞けますか?」

「そうだな・・・、すまんが正確には答えられん」

「・・・宿命ですか?」

「そうだな。その時は後悔をしたがな」

「え?」


 ナヴァルーニイとのやり取りでは後悔は無いと言っていたブラート。


(強がりをいう様な人じゃ無いんだけどな・・・)


「ただ、其れも含めて、現在の状況があるのさ」

「・・・」

「だから、今は後悔してないがな」


 驚いた様な反応を示した俺に、そんな風に応えて来たブラート。


「そうですか」

「ふっ、ああ」


 事実、その表情は一切の後悔も感じさせないものなのだった。

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