第495話


「そういう事か・・・‼︎」

「ええ。ですから言ったではありませんか?」

「・・・っ」

「ひっひっひっ」


 態とらしい笑みをみせるムドレーツだったが、これは敵味方の関係。

 それが普通で、今更どうこう言っても仕方ないのだ。


「アクア‼︎」

「待ってなさい司。もう直ぐ詠唱が完成するわ‼︎」

「・・・」


 アクアの此れはボケでも何でも無く、詠唱さえ完成すれば、確実に仕留められるという確信からだろう。


(然し、本当に其れ程の力が有るのか?)


 自身の螺閃ならば、確実に仕留められるという自信が有るが、アクアの秘術に関しては、威力も効果も不明なのだ。


(分かっているのは、水の秘術という事だけ・・・)


 水即ち錆では無いし、此奴に何処迄有効かは不明なのだ。


(本人が諦める感は無いし・・・)


「・・・」

「・・・」


 確認し合う様に重ね合わせた視線は、アクアのもので無く、ブラートの其れ。


(任せろという事か・・・)


 その双眸からは、無理なら転移の護符を切るという策が見て取れた。


(なら、ギリギリ迄やってやるかっ‼︎)


「剣‼︎」


 ブラートに頷き、策に乗る事にした俺は、背中に漆黒の双刃を背負い、朔夜を持つ手に力を込める。


「はあぁぁぁ‼︎」


 翔け出した先は魔導巨兵が爪を構えた掌。


「たぁ‼︎」


 アクアを狙い放とうとした其れを、三連撃の斬撃で撃ち落としたのだった。


「素敵よ、司」

「世辞は良い」

「うふふ、照れ屋さんなんだからぁ」

「・・・静寂に潜む死神よりの誘い‼︎」


 アクアの声に口だけで応えながら、魔導巨兵が地中を進め、アクアへと放った爪を不可視の魔法で斬り裂く。


「ほぉ?素晴らしい」

「お前のところにも居るだだろう?」

「ひっひっひっ、あの方は大変にシャイらしくて、相手にして頂け無いのですよ」

「ふんっ、役者でも目指したらどうだ‼︎」


 イラっと来る、ムドレーツの寂しそうな口調に、軽く嫌味を言ってやった。


(然し、あの仮面の男は、仲間内でもそんな感じなのか?)


 無論、魔導巨兵の事が有るとはいえ、ムドレーツが本当の事ばかり言っている訳では無いだろうが、意外な言葉に引っ掛かるものがあった。


「・・・」


 流石に魔導巨兵も、この規模の魔法で活性化する事は無いらしく、特段の変化は感じられ無かったが・・・。


「それでも、来るよなっ‼︎」


 爪での攻撃を止め、再び打ちかましの姿勢をとった魔導巨兵。


「それなら・・・、衣‼︎」


 今にも地を蹴り出しそうな魔導巨兵の右足首へと、漆黒の衣を巻き付け・・・。


「波‼︎」


 其の足下へと漆黒の衝撃波を放ち、地面を刳り・・・。


「はあぁぁぁ‼︎」


 全力で漆黒の翼に魔力を注ぎ翔ける。


「・・・良しっ」


 足を取られ体勢を崩した魔導巨兵は、前面から地面へと叩き付けられる。


「お見事です」

「・・・衣‼︎」


 ムドレーツの声を無視し、先程オーケアヌスからの許可を得ていた俺は、漆黒の衣を今度は王宮の一部に巻き付ける。


「波・・・」

「これは・・・、不味いですねぇ」


 俺の狙いを読んだらしく、ムドレーツは避難を開始する。


(巻き込めれば儲け物だが・・・)


 其処迄の期待はしていない俺は、漆黒の衣の先の漆黒の衝撃波により生じた瓦礫を・・・。


「行けぇぇぇーーー‼︎」


 倒れ込んでいる魔導巨兵の背中へと放ったのだった。


「ひっひっひっ、これは厳しいですねぇ」

「なら、諦めて逃げるか?」

「逃して頂けるのですか?」

「絶対許さない訳では無い」

「そうで・・・」

「断固として断るがな」

「ひっひっひっ、ひぃ〜・・・」


 そんなに面白い事を言ったつもりは無いが、ムドレーツは余程笑いのツボが浅いのか?それとも余程虚弱なのか?本気で腹を痛そうにしていた。


「ですが・・・」

「まぁ、無理だよなぁ」

「ええ。その様で」


 言葉通り、魔導巨兵は背中に積み重なっていた瓦礫を無造作に跳ね除け、何でも無い様に立ち上がったのだった。


「アクア‼︎」


 呼び掛けながら振り返った俺。


「うふふ」

「・・・」


 その俺の視界には、悪戯な笑みを浮かべるアクアが映り、俺は絶句してしまう。


「待たせたわね、司?」


 ただ、俺は別アクアの顔を見て絶句した訳では無い。

 アクアの発言は、即ち、秘術の詠唱が完成したという事で、然し・・・。


(何だあれは・・・)


「うふふ、じゃあいきましょうか」


 そう言って胸を張ったアクアの腕には、その可憐な肢体に良く似合う、細身の水の剣が握られているだけだった。

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