第494話


 標的を此方へと定めている魔導巨兵は、最短距離で真正面から襲い掛かって来る。


「狩人達の狂想曲フルバースト‼︎」


 魔導巨兵を押し返す為の闇の狼達の大波は、少しの間だけ魔導巨兵の進撃を抑えた。


「ちっ、図体の割に」


 アルヒミーが造った物よりは、一回り小柄な魔導巨兵。

 然し、力強さの部分で劣る事は無かった。


「ひっひっひっ、お褒めの言葉光栄です」


 本当に照れた様な表情を浮かべてみせるムドレーツ。

 その表情は、憎たらしさ半分、嫌悪感半分といった感じだった。


「それは一種の才能だな?」

「ひっひっひっ、これまた照れますねぇ」


 俺の言いたい事は分かるだろうに、それに怒りよりも笑みで応えるムドレーツ。

 敵以前に、かなり非道い考えを抱く事に問題を感じ無いのだから、此奴は本当に人を不快にさせる才能を有しているのだろう。


「此奴も懲りずに人工魔石が動力な訳か」

「いえいえ、私はあんな不完全な物は使用しませんよ」

「何?じゃあ・・・」


 平坦な調子で応えたところに、完全にアルヒミーの事を見下している事が読めるムドレーツ。

 確かに、既に暴走の危険の有る人工魔石を使用する事は、狂気の沙汰としかいえないだろう。


(ただ、そこら辺の事を伝えても、フェルトは全く気にした様子は無かったのだが・・・)


 頭に過ぎったのはルーナの事だったが、今は戦闘に集中するべきだろう。


「特別製なので、そろそろ効果が有るかと?」

「効果だって・・・?」

「ええ」


 ムドレーツが短く応えた・・・、次の瞬間。


「・・・」

「狩人達の狂想曲フルバースト‼︎」


 再び、地を蹴る姿勢をみせた魔導巨兵へと、俺は足止めの魔法を放ち、背後のアクアを振り返る。


「急いでくれ、アクア‼︎」

「分かってるわっ」


 応えるアクアの足元に刻まれていく魔法陣。


(ディアの秘術よりはかなり小規模だが、形状が少し違うし、複雑な術式の様だな?)


 アクアの詠唱している魔法陣は、通常の円形の中に術式を刻むものでは無く、複数の多角形の詠唱が重なり、絡み合う異質なもので、いつもは冷静沈着なブラートですら、戦闘中にも関わらず、視線を奪われていたのだった。


「ひっひっひっ、余所見をしてて良いのですか?」

「ん?・・・っ⁈」


 ムドレーツから掛かった声はのんびりとしたものだったが、視線の先の状況は悠長に構えている場合では無かった。


「こ・・・」


 闇の狼達の大波を受けた筈の魔導巨兵が、先程よりも大幅に短い時間で体勢を立て直し、既に俺の眼前へと迫っていた。


「大楯ッ‼︎」


 条件反射的に闇の大楯を詠唱し、その侵攻を止め様とした俺だったが・・・。


「・・・」


 物理攻撃には弱い其れは、適当に払った魔導巨兵の右腕により、瞬時に掻き消された。


「まぁ・・・、狩人達の狂想曲フルバースト‼︎」


 そうだよなの納得の言葉の代わりに、再び闇の狼達の大波を放った俺。


「・・・」


 数年前なら、これでダウンしてもおかしくなかったが、現在では息すら乱れない迄に成長出来ていた。


「急げよアクア。このままじゃ、俺が圧殺してしまうぞ?」


 不可能なのは分かっているが、自身を落ち着ける様に軽口を叩く。


「ひっひっひっ、剛気なのは結構ですが・・・」

「・・・っ⁈」

「ご協力感謝します」


 ムドレーツの訳の分からない礼と共に、眼前に広がっていた、闇の狼達の残り香の様な黒い霧が晴れると、魔導巨兵が俺へと打ちかましを放って来た。


「衣‼︎」


 それを躱しつつ、闇の衣を十数本放ち魔導巨兵へと巻き付け・・・。


「はあぁぁぁーーー‼︎」


 上空へと翔け上がり、目一杯の力で魔導巨兵を止める。


「ぐっっっ‼︎」


 衣を持っている腕は、手が空いていれば耳を塞ぎたい様な音を発して、引き千切れたと勘違いしそうな感覚に襲われる。


「ひっひっひっ、無理は為さらず」

「断る‼︎」


 声を発する力も勿体無いが、自分に気合を入れる為に大声を上げる。


「此奴‼︎」


 当然ながら、魔導巨兵は俺より力では上。

 徐々に、全身から力の抜けていく様な感覚を感じた俺へと・・・。


「司、此方から魔法で押し返す」

「ブラートさん‼︎」

「タイミングを合わせるぞ」

「はいっ‼︎」


 ブラートは詠唱を終わらせ、俺へと視線を送る。


「よろしいのですか?」

「黙って・・・、ろっっっ‼︎」


 ムドレーツのふざけた発言を無視し、ブラートから放たれた雷の魔法が魔導巨兵へと直撃した瞬間に、投げ飛ばす程の勢いで闇の衣を引いた俺だったが・・・。


「っっっ⁈」


 魔導巨兵は押し返されるどころか、其の侵攻の力を増す。


「ひっひっひっ、当然ですよ?」

「・・・っ」

「其れの力の源は魔物達と同じく、魔空間なのですから」

「な・・・⁈」


 俺を笑みを浮かべながら、見上げ告げて来たムドレーツ。

 その笑みは今迄のどれよりも不快なものなのだった。

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