第480話


「・・・っ」

「あぁぁーーー‼︎」


 苦悶の表情で木刀を振り下ろす刃に、顔が完全に地面についている為、その表情を伺う事の出来無い颯。

 何方も、俺の愛する宝物達で、この光景は見たく無いものだった。


「いいぞーーー‼︎」

「やれぇぇぇ‼︎」

「おおおーーー‼︎」


 その光景に、大歓声を上げるディシプルの貴族達。

 それは、サンクテュエール貴族達のものを搔き消すもので、根強い不満が未だに有る事を理解させる。


(ただ、だからといって・・・)


 やられている颯は勿論、攻撃している刃だって苦しんでいるんだ。


「・・・っ」

「何処に行くつもりだ?」

「・・・ケンイチ様」

「止めれば、弟の勝利も消えるぞ?」


 意外にも、ケンイチの気にしている事は颯の身体では無く、刃の勝利が消える事だった。


「颯は・・・」

「弟がせっかく、正統性の有る大会にしたんだ。それを無にするつもりか?」

「だから、颯はっ‼︎」


 俺にとってはこんな大会の正統性なんてどうでも良い。

 ケンイチもそう思ってくれているだろうと思っていた俺は、噛み合わない会話の苛立ちを打つかる様に声を張り上げた。


「死にやしねえよ」

「・・・っ‼︎」

「ふむ、それも有るな」

「フォール将軍⁈」

「闘いは綺麗な事ばかりでも無い。刃もそれを理解すべきかと思ってな?」

「それは、別に此処で無くても良いでしょう?刃の心が壊れますよ?」

「それならば、それ迄。それが武人の道だ」

「だな」

「貴方達は・・・‼︎」


 審判の判断に疑問を持っているのは間違い無いが、俺が止めに入る事にはこの二人は賛同出来無いらしい。


(正統性だ、武人だというけど、刃も颯もまだ子供なんだ。そんな事がどれ程のものだってんだ‼︎)


 おまけに命は大丈夫だなんて、そんな浅い考えでいて欲しくは無かった。


「浅えのはオメェだ」

「ケンイチ様⁈」

「此処は日本じゃねぇんだ。お前の持っている子供に対する考え方だけが通ると思うな?颯も弟も貴族の子なんだ。其れ相応の責任は生まれた時点で背負ってんだ」

「・・・っ」


 俺の心の中を読み切り、其れに対する指摘をして来たケンイチに、俺が一瞬言葉に詰まった・・・、刹那。


「な、何だ⁈」

「熱・・・‼︎」

「炎だぁぁぁ‼︎」


 観客達の歓声が悲鳴に切り替わり、頰に熱風が吹いて来た。


「燃えている・・・?」


 試合場へと視線を向けると、会場を炎が包み込んでいた。


「おい?」

「いえ、刃には炎系の魔法は有りません」

「なら・・・」


 ケンイチからの声には即座に応えられたが、其れがどんな要因で起こったのかは分からず、俺は炎の中心へと目を凝らす。


(審判の背に、俯いた刃、倒れた颯・・・。颯の前に・・・?)


 炎とそれによる黒煙に隠れているが、颯の前に何者かが立っているのが微かに見える。


(あれは・・・、彼奴‼︎)


 試合場を包む炎は天までは隠せず、空から降り注ぐ陽の光が、颯の前に立つ人物の最大の特徴である美しい銀色の九尾を煌めかせていた。


(ディアの奴め、来てたのか・・・)


 今日の演武会には颯が誘ったとは言っていたが、本人が一切乗り気で無いといっていた為、かなり傷心していたのだが、素直じゃ無いのは相変わらずといったところか・・・。

 ただ・・・。


(お前が今、修羅の双眸を向けている刃もまた、間違い無く俺の宝なんだ‼︎)


 颯を救いに来たディアには嬉しさもあるが、状況は決して好転している訳では無さそうだ。


「行きます‼︎」

「・・・ちっ」


 俺が背を向けケンイチに告げると、正確な状況は掴めていない彼も、それを舌打ちはするが、止める様な事は無かった。


 そうして、俺が闇の翼を広げ、空へと翔け出そうとした・・・、刹那。


「・・・な⁈」


 そんな俺の上空から、巨大な影が現れ、試合場を包んでいた炎が、一瞬で氷漬けになってしまう。


「な、何だ⁈」

「炎が氷るだって?」

「さ、寒・・・‼︎」


 一瞬で真紅の炎の世界から、白銀の氷の世界に染まる試合場に、観客達は混乱の様相を見せている。


「今度は・・・、お前か‼︎」


 俺は其の犯人がいるであろう上空へと視線を向けると、其処には口元に絶対零度の冷気を溜め込んでいるアヴニールが、炎を纏った翼を広げていたのだった。

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