第481話


「ア、アヴニールッ」

「ディ・・・、ァ」


 魔力を注いだ耳に飛び込んで来たのは、二人の宝の驚きの声。

 刃も颯も、此奴等が此処に来る事は想定していなかったらしい。


「羽蜥蜴めがぁぁぁ‼︎」


 弱気な者なら、其れだけで殺せそうな眼光で、アヴニールを睨みつけるディアに・・・。


「キイィィィーーー‼︎」


 母親譲りの背筋に気持ち悪いものを感じる、甲高い咆哮を響かせながら、アヴニールが炎を纏った翼を羽ばたかせると、無数の火の粉が地上へと降り注いだ。


「彼奴は・・・」

「つまり、あの中は・・・」

「・・・」


 試合場を包むものは、燃え上がる炎から、無数の氷柱による壁に変わったが、ケンイチとフォールには未だにディアの姿は確認出来ていなかったらしい。

 ただ、流石にアヴニールは見えたらしく、其処から姿の見えないディアの正体は予測出来た様だった。


(国王は・・・)


「ふふふ、此れは・・・。ほぉ?」


 その様子は面白がっている様には見えるが、これ以上俺の関係者にこんな状況を作らせておくのは問題だ。


「・・・はっ‼︎」


 改めて了承を得る必要は無い。

 そう思い翔け出した俺を止める者は、もう居なかったのだった。


「ふんっ、夕飯は焼き蜥蜴か・・・」

「シィィィ・・・」

「実に不味そうじゃ‼︎」

「ディ、ディア・・・。僕は・・・」

「じっとしておれ、颯」

「・・・っ」

「愚かな人間も許せぬが・・・」

「う、ぅぅ・・・」

「親父譲りの力を持ちつつ、颯をこんな目に遭わせるとは・・・‼︎」

「・・・」


 翔ける耳に飛び込んで来るのは、ディアの唸り声。

 審判の男は腰から崩れ落ち、膝が完全に震えており、もう立ち上がる事は出来無さそうだが、刃はディアの言葉に対しても、しっかりと其の双眸で応えていた。


「生意気な・・・」

「アヴニールも来てくれてるんだっ、俯いてられるかってんだい‼︎」

「小僧がぁ・・・」


 先程迄の沈んだ様子は無くなり、強気な態度を示す刃。

 アヴニールの登場もあるが、何より無抵抗な者を殴る事は不満だが、自身に向けられるディアの怒りが刃を奮い立たせるのだろう。


(強気は良いが、今のお前では・・・)


 どんなに特別な才を持つとはいえ刃はまだまだ子供。

 圧倒的な実戦経験の差がこの二人の間には有り、その差の持つ意味を俺はこの世界に来た当初に、数々の闘いで思い知らせれていた。


(当時はまともな勝利など一つも無かったからな・・・)


 思い出すのは、常に危機を仲間に助けられていた自身の姿。

 其れが翔ける速度を後押しした。


「来るなら、来い‼︎」

「キィィィ‼︎」

「おのれぇ‼︎」


 睨み合う刃・アヴニールとディア。

 刃は木刀を構え、アヴニールは翼の炎を矢の形状へと変化させ、対するディアは詠唱を開始する。


「間に合・・・」


 歯を食いしばり翔け、試合場に降り立った・・・、刹那。


「深淵より這い出でし冥闇の霧‼︎」


 漆黒の霧を発生させ、ディアの詠唱を解除し・・・。


「・・・っ‼︎」


 朔夜の漆黒の刃を空から降り注ぐ炎の矢へと構え、其れ等を吸収した。


「父さんっ‼︎」

「お父様・・・」


 試合場に降り立った俺を見上げる刃と颯。

 ただ、その視線の色は安堵と不安の両極端のものだった。


(颯はディアの事が心配か・・・)


 優しい我が子に嬉しさは有るが、俺よりもディアの方が味方と感じられている事は、自身が父親の役目を果たせていないからだろう。


「ふんっ、今頃何しに来た?」

「・・・ディア」

「颯が・・・、こんな・・・」

「デ、ディア・・・、僕は・・・」


 大丈夫だ、そう颯が告げ様としたのだろうが、ディアはその攻勢を緩める事はしなかった。


「下がれディア」

「何じゃと⁈」

「アヴニールもだ」

「シィィィ‼︎」


 低く落ち着いた声で一人と一匹に告げるが、何方も納得する気配は無い。


「仕方ないな・・・」


 俺は諦めて・・・。


「闇の支配者よりの殲滅の黙示録」


 最後通告となる詠唱を行ったのだった。


「くっ・・・」

「キッ‼︎」

「御前だ・・・、これ以上の狼藉は許さない」


 余りにも静かに告げられた其れに、ディアは後退り、アヴニールも翼に纏わせていた炎を収める。


「ディア・・・」

「行くぞっ‼︎」

「ええーーー⁈」


 ディアが颯を抱き上げ駆け出すと・・・。


「キイィィィ‼︎」

「アヴニール‼︎」


 アヴニールは刃を咥えて翔け出し・・・。


「な、な・・・?」


 試合場に残されたのは俺と審判の男。


「あとは自分でどうにかしろ」

「え・・・?」


 端的にそれだけ告げた俺は、観客の混乱が回復する前に自身の影の底へと沈んでいったのだった。

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