第475話


「・・・」

「それで?」

「はぁ?」

「そのヴィエーラ教の連中ってのは、どんな奴等だったんだい?」


 暫く心を落ち着かせる様にしていたシエンヌだったが、俺の話に出て来たヴィエーラ教という言葉に引っ掛かるらしく、その状況を聞き出す様にして来た。


「聖堂騎士団を名乗っていました。・・・自称ですが」

「聖堂騎士団・・・」

「それはまた、厄介な連中だな」

「そんなにやる連中なんですか?」


 結局のところ、連中と戦闘には突入しなかった為、その腕を堪能する事の無かった俺。


(隙は感じなかったが、危険な雰囲気も無かったんだが・・・)


「腕なら司が恐れる程では無いだろうな」

「それじゃあ・・・」

「ただ」

「・・・?」


 俺の中で湧いていた言い様の無い不安を伴う疑問に、ブラートは即座に答えを示してくれたが、気になる言葉を続け・・・。


「連中の真の力は、其の通信網に有るからな」

「通信網ですか?」

「ああ。信者達は世界中に居る訳だから、一度目を付けられれば、真の意味で逃げ場が無くなるからな」


 俺の中で失念していた、面倒な事実を教えてくれたのだった。


(あの時は暑さもあったし、国王からも諸々の許可も得ていて其処に考えが至らなかったけど・・・)


 国王の許可を得ていた以上、家族の事は守ってくれるだろうけど・・・。


(名乗らなかったとはいえ、俺の容姿の特徴から直ぐに特定はされるだろうし・・・)


 世界中の信者達から情報を集め、この先の俺の活動の邪魔をして来る可能性は有るのか・・・。


「・・・」

「ふっ」


 恐怖というよりげんなりとした様子で絶句した俺を見て、ブラートは口元に笑みを浮かべていた。


「馬鹿な事やってるんじゃ無いよ」

「シエンヌさん」

「連中の執念は本当に危険なものなんだよ」

「執念ですか?」


 俺とブラートのやりとりに、真面目な表情でツッコミを入れて来たシエンヌ。


「宗教ってもんには、狂信者ってのが付き物だからね」

「・・・」

「連中にとって異教徒や、教団から敵と見なされた存在は人間として扱う必要の無い存在なのさ」

「シエンヌさん・・・?」

「・・・」


 語りながら真剣な表情を浮かべていたシエンヌだったが、前髪の隙間から覗く切れ長の瞳には、其れとは異なるものが静かに灯っていた。


(此れは・・・、憎悪の類に思えるが?)


 其の感情が湧く源が何か分からないし、其れを聞く事も出来ない雰囲気だが・・・。


「確かに、何かを信じる力・・・、信念とは偉大なものだが、誰もが間違える可能性を持つのが人という生き物だからな」

「ブラートさん・・・」

「ふっ」


 俺が言うと当たり障りの無い、どうとでも取れる言葉になりそうだが、目の前の男が静かに語ると、全身に染み渡るものを感じられる言葉になる。


「意味の無い事を言ってるんじゃ無いよ」

「ふっ、そうか?」

「だけど、あのいけ好かない連中は、何が目的でイニティウム砂漠になんか行ったんだろうね・・・」

「気になるのは其処ですね」

「ああ。教団には一部の亜人族と同じく、特別な歴史が残っている筈だけど・・・」

「タブラ・ナウティカの事を?」

「さてね?」


 俺とシエンヌは語りつつも、視線をアクアへと向ける。


「え?何々?」

「千年前にヴィエーラ教は存在したのか?」

「う〜ん・・・?」


 俺からの問い掛けに、深く考え込む様な表情を浮かべたアクア。


「どうしたんだ?」

「正直なところ、良く覚えて無いわね」

「・・・」

「仕方ないでしょ?私は寝起きみたいなものなのよ?」

「まぁな」

「ただ、宗教団体は無数に存在していたけど、世界的なものは無かったわね」

「本当かい?」

「疑われるのは仕方ないとは思うけれど、当時はまだ未開の地が殆どで、開拓を進めている段階だったのよ」

「なるほどね」

「その過程で、不安に襲われる人々を救う為の宗教が生まれ始めて、乱立と言っても良かったのよ」


 千年前の世界情勢がどんなものかは分からないが、アクアの言葉には不審な部分も無い。


(まぁ、とりあえず信じるしか無いし、ヴァダーがもう一度目覚めてからが重要だな)


 ヴァダーはアクア達が眠ってからの世界も知ってる訳で、聖堂騎士団の連中を追い返したのだし、目的にも心当たりが有るかもしれない。


「だけど、よく連中と戦闘にならなかったね?」

「えぇ。一度離れた時に、奇襲や寝込みを襲われる可能性を考えていたのですが」

「まあ、奴等の十八番だからね」

「そうですか・・・」


 中々の言われようだが、シエンヌの方が連中に詳しいのだろうし、それが事実なのだろう。


「何隊の連中だったんだい?」

「隊とかは分かりませんが・・・」

「そうかい」

「そういえば、自称ですが団長のユーラーレ=ファーナーティクスと名乗る男が居ました」

「・・・ファーナーティクス」

「ご存知ですか?」

「まぁね。裏の仕事をしていると、知る事も有る名さ」

「じゃあ?」

「本人で間違い無いだろうね」

「そうですか・・・」


 ユーラーレが本物の団長かどうかはどうでも良かったのだが・・・。


「・・・」


 その名を聞いた時のシエンヌの表情は、怒りを抑えようとする、不自然な緊張が見えたのだった。

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