第466話


「変態さん?」

「違うわっっっ‼︎」


 この少女の置かれている状況を考えると仕方ない発言だが、俺には此処に至る経緯が有り、心の底から否定する様にツッコミを入れさせてもらう。


「でも、私の裸をのぞきしていたし、バレない様に離れた位置から視姦していたし?」

「人聞きの悪い事を連呼しないでくれ。それと、そう思うならそろそろ服を着てくれ」

「それもそうね」


 少女がそう言って、タオルで身体を拭き始めたので、俺は少女に背中を向けた。


「でも、男の人とはいえ、こんな時間にこんな所で、何してるの?」

「潮風を浴びに来たんだ」

「へ〜」


 適当に応えた俺に、それなりの応じ方をする少女。


「それを言うなら、年頃の女の子が裸で居る事の方が問題だと思うが?」

「それはそれ、これはこれ・・・、だよっ」

「へぇ〜」


 先程の少女の対応に応える様にした俺。

 ただ、跳ねる様な語尾は、足を砂浜に取られない様にしてのものだろう。


(服を着終えたか・・・)


 それは、どうでもいい事だったが、同時に神経を研ぎ澄ませる。


「貴方って、何処から来たの?」

「・・・答える義理は無い」

「有るわよ。一応、不法入国者の可能性も有るのだから?」

「無いな。此処はどの国にも属さないのだから」

「国よ、此処は」

「いや、砂漠だったんだ、此処は」

「・・・そう」

「それと、妙な事は考えるなよ?」

「・・・っ⁈」


 世間話の間に、俺との距離を縮めていた少女は白いワンピースに身を包み、その細く白い腕の先の掌には、魔法陣が詠唱されていた。


「あ、貴方っ‼︎」

「言ったろ?妙な事を考えるなって?」


 それを闇の翼を広げ空中から見下ろす俺。

 見上げて来る少女の表情は、驚愕の色に染まっていた。


「何なの、其の魔法は⁈」

「さて?それも、答える必要は無いだろう?」

「有るわ‼︎私が知りたいもの‼︎」

「・・・ワガママな娘だ」


 少女のあんまりな言葉に、俺は一瞬脱力しそうになるが、少女は構わず俺へと腕を伸ばして来た。


「手荒な真似はしたくないんだがな?」

「じゃあ、大人しく拘束されなさい‼︎」

「それも、断りたいな」

「ワガママな子ね?お仕置きが必要みたいだわ‼︎」

「こんな形でも、一応子持ちなんだがな?」


 子供扱いして来た少女に、軽く非難の声を上げるが・・・。


「家庭の事を奥さん任せにし過ぎなんじゃない?顔に苦労が刻まれてないわよ?」

「それは・・・、否定出来ないが」

「なら・・・、苦労なさいっ‼︎」


 強めた語尾に呼応する様に、少女の腕の魔法陣から発された、苦無大の5本の水の刃。

 高速で俺へと襲い掛かる其れ等を・・・。


「衣‼︎」


 漆黒の衣を詠唱し、弾き墜とした。


「あら?素敵ね?」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「これで、素直なら一発で落ちているわよ?」

「悪いが、これが売りでね?」

「貴方、本当に何者?」

「君が先に教えてくれれば、答えても構わないが・・・」

「そう・・・」

「・・・」


 互いに態と噛み合わぬ様なやり取りをしていた俺と少女だったが、このままでは埒が明かない。


(流石に、この娘に大怪我でも負わせれば、この先の此処との交渉にも差し障りが出て来るだろうしな)


 少女も俺を捕らえる為の有効な手段が無いのか、俺の問い掛けに答える様な素振りを見せ、俺がそれを待つ様に無言になった・・・、次の瞬間。


「姫様ーーー‼︎」

「何方にいらっしゃるのですかっ?」

「あ・・・」


 静寂の砂浜に響き渡る男達の叫び声。

 それを聞いた少女は、短く声を上げたまま、口を開き、気まずそうな表情で固まってしまった。


「あ、姫様、こんな所に・・・」

「おお、良かった。ご無事ですか?」

「え、ええ・・・」


 心配そうな表情で、砂浜を駆けて来た十数人の男達は、少女を囲み安堵の表情を浮かべていたが、少女はというと・・・。


「大事な婚礼を控えた身なのです。あまり心配を掛けないで下さい」

「わ、分かっているわよっ」

「本当ですか?」

「むぅ〜・・・」


 自身を囲んだ男達の小言に、頬を膨らませていた。


(だが、姫様って・・・)


 男達はその身を、胸当てや籠手等、軽装ながら要所要所を守っている為、兵士であると想定出来たが、そうなると、あの少女は本物の姫様という訳か?


「む?彼処‼︎」

「ん?・・・な⁈」


 兵士達の中の一人が俺に気付いた様で、兵士達は一斉に俺へと身構えた。


「お姫様だったんだな、君は?」

「・・・っ、そ、そうよっ‼︎私の名はアクア=ファムートゥよ‼︎」

「そうか、君が・・・」


 誇らしそうに胸を張り、名乗って来たアクア。

 その胸は張るだけはあるもので、服装の上からでもはっきりと主張していた。


「さあ‼︎私は名乗ったのだから、次は貴方の番よ?」

「・・・」

「姫様、危ないです。お下がり下さい‼︎」

「そうです。あの様な、奇怪な魔法を使用するとは、きっと守人の一派でしょう‼︎」


 俺が一瞬の間だけ、名乗るか迷っていると、兵士達はアクアの盾になる様に立ち、俺への警戒を強めて来た。


(奇怪ってのは失礼だが、余程、守人達が気に入らないらしいな)


 失礼な態度と、此方が名乗ったからといって信じるかは不安だったが、アクアも問いに答えた為、俺も約束を守る事にした。


「俺の名は司=リアタフテだ。此処にはヴァダーに用があって来た」

「え・・・?貴方が・・・」

「出来れば、リアタフテの属する国、サンクテュエールの代表として、此の国の王への謁見を求めたいのだが?」


 兵士達の出方を警戒しながら、地上を見下ろす俺。

 見上げて来るアクアは・・・。


「私の王子様・・・」


 先程迄、膨らませていた頬を、今度は紅く染め、訳の分からない事を呟いていたのだった。

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