第465話


「ふぅ〜・・・」


 昼にいた森林へと戻り、身体を休める俺の上から降り注ぐ月光。

 辺りに流れる音は、風で揺れ、擦れる葉のものだけで、生き物から発されるものは無かった。


(さて、これからどうするかな)


 都を観察した感じは、サンクテュエール程では無いにしろ、それなりに栄えているし、建物の感じも古臭さは無かった。


(ただ、魔石を制御装置を使い運用してる感じは無いんだよな)


 此方の世界で8年生活した感じでは、そんなに最新の技術という感じでは無いのだが、流石に千年の昔には無かった様だ。


(とりあえず、屋敷に戻るのも有りなんだが・・・)


 これは、さっき試した事で、森林の中に転移の護符をセットしたところ反応が有り、少し離れた場所から使用してみると、正常に作動したので、マジックアイテムを使用出来なかったのは、ヴァダーの封印が関係していた様だ。


(もしくは、通信石で国王の判断を仰ぐか?)


 ヴァダーとの話を伝えるかは別にしても、流石に、イニティウム砂漠に突如として、都が現れた事は、一代とはいえサンクテュエールの貴族である俺には、報告する義務がある。

 その上で、此の都との外交交渉などは、国王の命を受ける必要があった。


(子供達の将来を考えると、悪目立ちする事は避けるべきだしな)


 ただ、それでも引っ掛かるのは、ヴァダーとの話で出たのは、楽園と境界線の守人の話が中心だった事。


(ファムートゥ家というのは、其の問題に深く関わっている様だし・・・)


 俺の冒険や闘いに関する大部分は国に報告済みだったが、ラプラスや終末の大峡谷、楽園や守人等の話は一切報告していなかった。


(そもそも、此の世界では楽園の存在は一切認識されて無いんだよなぁ)


 その為、ルグーン達の存在も、巨大な賊の様に捉えられているのだった。


(影に潜った感じだと、砂浜で俺を探していた連中も、何処かに行った様だし)


 俺は一度、砂浜に戻る事にしたのだった。


 夜の砂浜は月光を浴び、共鳴するかの様に、淡く白い輝きを放っていた。


(静かだなぁ・・・)


 此処に戻れば、相手側からの動きも有るかと思ったが・・・。


(ふっ、犯人は現場に戻るみたいな理論だな)


 自身の考えに、心の中で軽く笑うが、相手側も他の情報は無いのだろうし、再び此処に来る可能性は高いだろう。


(もしくは、ヴァダーが殺られて封印が解けたと判断するか?)


 軍隊の動きは見えない為、現在のところはそういう判断は下していない様だが・・・。


(・・・ん?)


 そんな事を考え砂浜を歩いていると、月の浮かんだ水面が揺れるのが視界の端に映る。


(海龍か・・・?)


 此処に来る航海の途中も、それなりの数の海龍と遭遇したが、大陸近海に奴等が現れるのは珍しい。


(まぁ、昨日迄、人の生活してなかった所だからな)


 ただ、浅瀬の為、子供の海龍でも迷い込んだのだと思い、特に気にするでも無く歩を進めていると・・・。


「ぷっ・・・、ひゃ〜‼︎」


 耳に飛び込んで来たのは、美しいピアノの音色を、態と調律を外した様な首を傾げたくなる声。


「・・・っ⁈」


 ただ、静寂の夜空の下に、突如として響き渡る異物に、俺はビクリとし、海へと視線を移した。


「はぁぁぁ・・・、ヴァダーったら、本当に眠りに入っているんだからっ」

「・・・」

「それは、約束はしたけど、少し位待ってくれても良いじゃないっ」

「・・・」

「そんな事だから、私の王子様も何処かに行ってしまうのよっ」

「・・・」


 プリプリした様子で頬を膨らませ、悪態を吐いてるのは、一人の少女。

 海から上がって来たばかりの髪は、軽くウェーブがかかった美しい蒼色で、濡れた其れから水滴を払う様に首を振ると、宙に無数の水晶の雫が舞った。


「はぁ〜、何処に行ったんだろう・・・」


 憂いを問い掛ける様に呟き、月へと送る視線は、応える様な月光を受ける双眸はタンザナイトの輝きで、髪と同じ蒼にも見えたが、不思議な輝きを放っていた。


(それにしても・・・)


 少女を眺めていて気になるのは、其の美しい容姿ではなく、其の出で立ちだった。


(何故、素っ裸なんだ⁈)


 服が邪魔にしても、せめて水着くらい着れば良いのに・・・。

 少女の口にする内容から観察は続けたかったが、この状況がバレる事はあまり良くない感じがする。

 俺がそう思い此処から去ろうと、影へと腕を伸ばすと・・・。


「誰っ⁈」

「・・・っ」


 それを引き止める様な甲高い声が、夜の砂浜に響き渡る。


「貴方は・・・?」


 視線が重なる俺と少女。

 少女からの問い掛けに、メデューサに睨まれた様に身動きのとれなくなった俺は・・・。


「あ、あぁ・・・」


 絞り出す様に呻き声を漏らしたのだった。

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