第464話


「此処は・・・」


 視界に広がるのは青一面。


(ザブル・ジャーチで最も美しい水の都か・・・)


 それを見て頭を過ぎったのは、ヴァダーが言っていた話。

 ただ、直後に鼻先をくすぐった潮の香りが、それが海である事を証明していた。


「熱いなぁ・・・」


 足下の熱気に視線を落とすと、其処には白い砂の世界が広がっている。


「もしかして、失敗とかしてないよな?」


 未だ存在する砂漠に、胸にハッキリしない色の心配が広がっていくが・・・。


「とにかく、一応探索を・・・」


 イニティウム砂漠の現状を把握しておく必要は有る。

 そう思い、後ろを振り返ると・・・。


「お、おぉぉ・・・‼︎」


 延々と白い世界が広がっていた筈の大陸に、突如として現れた一大都市。

 水の都というのは、どうかは分からないが、封印からの復活というのは確かの様だった。


「どうするかな・・・」


 こうなると、困るのはどんな対応を取るかで、考えられるのは正面からの入国と、空からの観察。


「ヴァダーの発言を考えると、話は付いている筈だが・・・」


 ただ、彼奴との契約を果たす意味では、正面からのファムートゥとの対面を果たすべきだが、とりあえずと、魔力を注いでいる耳には、何の情報も入って来ない。


「彼奴と、それにファムートゥからの情報は得たいが・・・」


 ヴァダーの事をイマイチ信用出来ないし、封印を解かれ、眠りから目覚めたファムートゥが、ヴァダーとの話をしっかり覚えているか?

 それに、千年近く眠っていたのに、正気で対応出来るのかも心配だった。


「ん・・・?」


 そんな事を考えていると、都の方から複数の声が聞こえて来る。


(こっちに来てるな・・・)


 反射的に闇の支配者よりの殲滅の黙示録を詠唱し、門で自身の影へと身を隠す。

 表の世界の状況は正確には分からないが、動く影の数は7と、交戦になるのは面倒な数だった。


(何より・・・)


 直前迄、近寄る音を感知出来なかったという事は、相手側は最低でも素人では無い。


(一般的な街の衛兵レベルは、其処迄警戒心は強く無いし・・・)


 影の様子を見るに、砂浜迄出て来た其れ等は、軽く広がり周囲を探る様な感じがした。


(明らかに、俺の存在に気付いたものだな・・・)


 殺気の様なものは感じられないが、当然の事といえるが油断はしていない。


(仕方ないとはいえ、敵の可能性を想定した動きね)


 不思議なもので、相手が俺を探しているとなると、どうあっても出ていきたくなくなる。


(良し、行くか‼︎)


 結局、相手の出方が、あれやこれやと思考を巡らせていた俺の覚悟を決めさせ、俺はその場から離れた所にある、無数の動かない影から出たのだった。


(やはり森林だったか)


 俺が出た先は、身を隠す場所の多い森林で、空から差す陽の光は、空も逃げ場になる事を気付かせた。


(さて、どうするか?)


 空から観察するのも有りだが、もう暫くは歩いて、相手側がどういう手段で、俺の存在を感知したか確かめるのも悪くは無い。


(・・・音は感知出来無いが、其れに頼るのは悪手)


 とりあえず、近付いて来る存在は感知出来無いが、油断は禁物と気を引き締める。


 そして、周囲を探りながら、森林の中を10数分程行くが、近付いて来る存在はいない。


(さっきの連中は、ヴァダーの予知で俺の出現する場所を知っていたのか?それとも、ヴァダーが眠る前に、ファムートゥと連絡を取って伝えたのか?)


 何方にしても、現在は俺の居場所は知らない訳だ。


(それなら、空から都の様子を探らせて貰うとするか)


 漆黒の装衣を纏い、闇の翼を広げた俺は、空へと翔け出したのだった。


(う〜ん、ヴァダーの言っていた事は本当らしいなぁ)


 都の様子は街中に張り巡らせられた水路に流れる清水は、ダイヤの様な煌めきを放ち、上空から見下ろしていても、水路の底が確認出来るであろう透明度を感じさせた。


(ん・・・?)


 街を行く人影に、建物の屋根の影へと身を隠す。


(街の住人か・・・)


 俺は並んで歩いている主婦であろう二人の女性に、耳に魔力を注ぎ会話に耳を澄ます。


「聞いたかい、奥さん?」

「え?何かしら?」

「『アクア』様の、婚約の事さ」

「え?本当なの?」

「ああ。『オーケアヌス』様も、遂に覚悟を決めたらしいよ」

「お相手は?」

「それが、水神様の予知らしいよ」

「あら、ヴァダー様の?」


(・・・っ)


 片方の女性の口から出たヴァダーの名に、俺は身体が強張る。


(この話を聞いた感じは、住人達は封印に気付いていない様だな)


 のんびりとした主婦の井戸端会議の様な内容に、俺はそんな想定をした。


(行った様だな・・・)


 二人組の主婦は、その後もアクアとやらの婚約に付いての話をしながら、歩いて行ったのだった。


(とりあえず、人気の無い所に移動するか・・・)


 得られた情報は少ないが、俺は身体を休める為に移動を開始したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る