第456話


「ふぅ〜・・・」


 地上に降り、水分と魔力回復薬を飲み干し、肩をほぐす様に回す。


「熱ぅ・・・」


 季節はもう夏を目前に控え、靴越しに伝う砂の熱に、顔を顰めてしまう。


「日陰でも有れば良いんだけど・・・」


 叶わぬ希望を抱く事で、余計に暑さの不快感を意識させられた。


「キャンプをするには向かない場所だな」


 野生の動物や魔物の心配は無いが、野営を行わなければならない状況にはなりたく無い。

 そう思い、もう一度空へと翔け出そうとすると・・・。


「貴様っ、何者だ‼︎」

「・・・え⁈」


 突如として飛んで来た怒号に、驚き背後を振り向くと、其処には軽く動き易そうながら、正装に身を包んだ一団が現れていた。


(まぁ、服装に刻まれている紋章で、ヴィエーラ教の連中なのは分かるが・・・)


「答えろっ‼︎」

「・・・」


 一団の者達は20過ぎ位の若い連中ばかりだったが、その中でも特に若い男が先頭に立ち、此方を威嚇する様に怒号を飛ばして来る。

 其の随分と横暴な物言いに、本当に人を救済を与える宗教関係者か疑いたくなるが、過去のやり取りを思い返し、此奴等の場合はこんなもんかとも思う。


(颯と凪の一件で、此奴等には嫌悪感しかないし、国王からも荒事になれば容赦する必要は無いと許可も得ている)


「おいっ、答え・・・」

「暑さだけでも鬱陶しいんだ。騒ぐな」


 口調は決して変えず、冷静に、然し、突き放す様に応える。


「な・・・、貴様ぁ‼︎」

「此れは、忠告でもあるんだぞ?」

「何ぃ‼︎」

「こんな状況で頭に血を上らせると、最悪の事態にもなるからな?」

「・・・っ‼︎」


 そんな俺に対して威圧感を強めて来たヴィエーラ教の者だったが、俺が殊更冷静な態度で応えた事で、いよいよ、前のめりの体勢になる。


「待て」

「っ⁈ユーラーレ様」

「・・・」


 先頭で息巻いていた若い男を制止する声を掛け、進み出て来たのは一団の最後方に控えていた長身の男。

 鋭い眼光で、此方を隅々迄観察する様子は、神経質な性格を感じさせる。


(もっと余裕を感じさせればモテそうだけど・・・)


 真面目そうな雰囲気だが、其れが過ぎて関わりたくない。

 全く彼の事を知らない俺にそう思わせる位の、気難しい雰囲気を纏う男だった。


「貴方は?」

「・・・礼儀を説く意味は無さそうだな」

「・・・」

「・・・まあ、良かろう」


 確かに先に名乗らずに、名を尋ねる事は礼を欠いているが、此方の素性が分からない以上は、一々指摘する必要も無いだろう。


(まぁ、相手がそれだけ高貴な身分なのかもしれないが)


 正直此方としては、既に、荒事になる覚悟を決めている為、其れに気を使う事は無駄なのだが・・・。


「我が名は、『ユーラーレ=ファーナーティクス』。ヴィエーラ教聖堂騎士団の団長を務めている」

「・・・」

「我々がヴィエーラ教の聖堂騎士団の者と、其れを知っても、その様な態度を続けるのか?」


 高圧的な内容を、淡々と述べて来たユーラーレ。


(聖堂騎士団ってのは確か、ヴィエーラ教の最強戦力と呼ばれる連中の筈だが、其の団長って・・・)


 意外な重要人物の登場に、本来なら信じる事が難しいが、一団も警戒をしつつも、態度に変化はなく、何より、ユーラーレの悠然とした態度が真実である事の証明になっていた。


(だが、其れ程の人物が何の為に此処に?)


 俺が疑問を抱いていると・・・。


「何だ?良からぬ事でも企んでいるのか?」

「さて・・・?」

「ふん、無礼な」

「そうかな?」

「なっ‼︎」


 俺の方も淡々と応えていると、一度は静止された男が、苛立った様子で再び進み出そうになる。


「そもそも、証明するものが無い以上、貴方達の素性はハッキリとしないので」

「・・・っ‼︎貴様ぁ‼︎」

「・・・」

「なるほど・・・、な」

「ユーラーレ様っ」

「いや、待て。此の男の言う事も尤もだ」

「ですがっ」


 男は俺の言い分に不満そうにしていたが、ユーラーレは余裕のある態度を崩さなかった。


(此のタイプは、先にキレる事に勝手に敗北感を感じてくれるからな)


 そんな事から、余裕に見えるユーラーレの態度にも、俺は特に危機感は感じなかった。


「素性を明かす気は?」

「必要無いと思うが?」

「ふん、なるほどな」

「そもそも、此処はどの国にも・・・、勿論、ヴィエーラ教に属さない土地の筈だが?」

「其れは正確では無い」

「・・・?」

「我々は、そういった土地を緊急で管理地にする権利を持っているからな」

「へぇ〜・・・」


 此奴等がヴィエーラ教の中で力を持つ者なら、其れは確かに嘘では無かった。


(正確には、ヴィエーラ教を国教とする国に対し、独占的な捜査権を主張する事が出来るだったか・・・)


 つまり、俺がサンクテュエール貴族とバレれば、此奴等は俺を此処から追い出す事が出来るのだが・・・。


「・・・まあ、良かろう」

「え?ユーラーレ様?」

「行くぞ」

「・・・」


 そう言って、俺に背を見せたユーラーレに、一団は一瞬驚いた様子を見せたが、直ぐにその後に続く。


(連中のあの反応は、予定を変更したか・・・)


 俺は警戒を解かずに、その後ろ姿を見送るのだった。

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