第454話


「やだっ、やだっ、やだーーー‼︎」

「凪、パパはお仕事に行くのよ?」

「ママ・・・。でも、ママはいつもお家でお仕事してるじゃない」

「それは、パパとママでは仕事が違うからよ」

「でも、でもぉ〜」


 何とか凪を諭そうとするローズと、此方も何とか抵抗する凪。

 2人のやり取りを、一家の者達は黙って眺めていたのだが・・・。


「凪お嬢様」

「何、アナスタシア?」


 進み出て来たのはアナスタシアで、それに気付いた凪は、横目だけで其方を見た。


「失礼ながら忠言させて頂きますが、そんな事ではローズ様の様な立派な淑女にはなれませんよ?」

「むっ・・・」

「そういう態度もです。ローズ様が凪お嬢様と同じ歳の頃には、既に父上であるケンイチ様と離れ離れになっていましたが、其の事で我儘を言う事など、一度も有りませんでした」

「・・・パパァ」


 アナスタシアからの忠言に一瞬表情を変えた凪だったが、内容は完全なる正論の為、俺に甘えて擦り寄る事で、話の流れを切ろうとした。


「はぁ〜。耳に痛い話かもしれませんが、凪様程の賢さが有れば、意味は分かると思うのですが?」

「・・・さぁ?」


 仕方ないといった態度のアナスタシアに、頰を膨らませ短く応える凪。

 凪も決してアナスタシアの事を嫌っている訳では無かったが、度々幼い頃のローズと比べられる事には、辟易している様だった。


(アナスタシアにとって凪も大事な存在だが、ローズは絶対の存在であり、其の為、余計に凪に求める理想も高いものなのだろうな)


 そもそも、凪は俺に関する内容以外で我儘言う事は少なく、魔力だけに限らず、同じ歳の頃の子供と比べて知力に関しても優れたものを持っている為、アナスタシアの中では今回の事も我慢出来て当然と感じている様だった。


(そういう意味で、凪は誰かに叱られる様な事も少ないし、アナスタシアくらいだからなぁ)


「悪いな、凪」

「パパ・・・」

「なるべく早く帰って来るよ」

「・・・」

「そうね。演武会も近付いているし、早めに帰宅はして欲しいわね」

「ローズ・・・。あぁ」


 ローズの言った演武会とは、サンクテュエール貴族の子供達が、一堂に会し、日頃の鍛錬の成果を発表する場の事だった。


「其れ迄には戻れるの?」

「あぁ。凪も颯も出るのだし、頑張るさ」

「そう・・・」


 俺を見上げて来た凪の頭を撫でてやりながら応えた俺。


「颯もすまないな」

「ううん。お父様こそ、気を付けて行ってきて下さい」

「あぁ・・・」


 お父様。

 俺は中々、その呼ばれ方に慣れなかったが、颯は俺の無事を願ってくれていた。


(貴族の跡取り教育で、公の場での呼び方の練習をし、そのままこの呼び方になったんだよなぁ)


「・・・」


 それだけで満足したのも有るし、次期当主としての教育の成果でも有るだろう。

 必要な事を述べると、静かに一歩引く颯。


(この場でのトップはローズだからな)


 そんな様子を感慨深そうに、グランは眺めていた。


(似てるよなぁ・・・)


 そんな二人を見て、俺は心の中でそんな感想を抱いた。

 颯は俺の黒髪と黒い瞳を受け継ぎながら、リアタフテの血筋を感じさせる美少年へと、順調に成長していたのだった。


「ほら?颯だって、こう言ってるのよ、凪?」

「ママ、僕は・・・」

「・・・」


 ローズを家族だけの場でママと呼ぶ事は、聞き流す事にしよう・・・。


「颯は颯。私は私よ、ママ?」

「貴女は・・・」


 日頃、勉強や躾の場で使われる言葉を、態とらしく使い返す凪に、ローズは呆れた様子を見せる。


「でも、絶対約束よパパ?そうじゃなきゃ、嫌だからっ」

「あぁ、分かった。約束するよ」

「えへへ」


 腰を下ろし、視線を凪と合わせて応えた俺に、凪は納得した様に抱きついて来たのだった。


 その後、出発する俺の為、一家団欒の時を過ごし、子供達が寝た後・・・。


「ですが、本当にお一人で行かれるのですか?」

「あぁ、正確な場所が分からない以上、中途半端に人数を使っての探索は、遭難の危険が有るからな」

「まぁ、場所が判明したら、僕達も追えば良いしね」

「ですが・・・」


 依然として船旅に慣れないルチルは気軽に、対してアナスタシアは不安が拭えない様子だった。


「イニティウム砂漠自体が未開の地なのだし、あまり無理はしないでね?」

「ローズ・・・。あぁ」


 心配そうに見つめて来たローズに応える俺。

 出会ってからの歳月は、サンクテュエールでも有数の美少女だったローズを、間違い無く此の国で、最も美しい当主へと成長させていた。


「司様・・・」

「悪いな、アナスタシア。俺一人の方が空から自在の探索も出来るし、正直言って危険は少ないと思うんだ」

「そうですか・・・」


 俺の留めの一言に、渋々納得したアナスタシア。


(ルーナが調整中で無ければ、一緒に空から探索しても良いのだが・・・)


 フェルトはいよいよ自身の使用する人工魔流脈の仕上げに入っていて、最近ルーナはフェルトの研究室に泊まる事が殆どだった。


「とにかく、颯も言っていたけど、気を付けてね、司?」

「あぁ、ローズ」


 ローズに応える事で決意を固める俺なのだった。

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