第410話


「はぁ〜・・・」

「ジェアン・・・」

「すまないね」

「いや、大丈夫だ」


 長く続いた静寂は10分には届かず終わり、ジェアンは溜息を吐き、俺へと謝罪して来たのだった。


「本当に思い出したく無い事なのさ」

「そうか」

「ふふ、止めろとは言わないんだね」

「あぁ、悪いがな」


 ジェアンからの恨めしそうな視線にも、俺は当然退く訳にはいかなかった。


(何か守人達の情報が得られるかもしれないし、何より複数の視点からの情報が必要だ)


 今迄の事を考えると、ラプラスの情報に嘘が有る可能性は低かったが、其れでも、別の立場から見た情報の価値には、得難いものがあるのだ。


「さっきも言った様に、巨人族は数が少なく、皆で肩を寄せ合い、助け合いで生きているからね」

「あぁ」

「そんな状況だから、一族殺しは即死罪なんだよ」

「なるほどな」

「家族も含めてね」

「・・・っ⁈」


 不自然な程冷静を装って告げて来たジェアン。

 その内容は前半部分は納得出来るものだったが、後半部分はかなり衝撃的な事実だった。


「グネーフは両親のみ?」

「そうさね」

「じゃあ・・・」

「あたしがやったのさ」

「な・・・⁈」

「一族の長の指示でね」

「・・・」

「嫌な仕事だったよ・・・」


 本日、何度目だろうか?

 直前迄抑えていた、鬱々とした感情を表情に刻みながら、過去を打ち明けて来たジェアン。


「あの子の両親は戦士では無かったしね、あの子の事を信じてもいたからね」

「それは・・・、そうだろうな」

「ただ、結果が出た以上は仕方ないからね」

「・・・まぁな」


 それは両親からすれば、愛する息子がそんな凶行を行うなんて、信じられないだろう。


(俺だって3人の子供達が、将来そんな嫌疑を掛けられれば、自分とローズ、アンジュだけは最後迄信じたいと思うしな・・・)


 ただ、グネーフに関しては、本当にその両親の子供かは分からないのだが・・・。


(グネーフは巨人族だが、概念的にはヒトの範囲内といえるだろう)


 そうなると、グネーフの内には、楽園の者の魂が宿っている可能性も高いし、全てがその両親とは無関係だろう。


(ただ・・・)


「・・・はぁ」

「・・・」


(この事は流石に、ジェアンには伝えない方が良いだろう)


 こんなにも落ち込み、悔恨の情に現在も悩まされている者に、そんな新事実を伝えるのは酷過ぎる。


(そもそも、郷の法に従った行いなのだし、ジェアンに責任は無いしな)


「でも、グネーフを発見した時、奴は1人だったのか?」

「そうさね。滅びた国の近くに潜んでいたんだよ」

「移動もせずにか?」

「あたし等みたいなのが移動すれば目立つし、直ぐに足が付くからね」

「まぁ、それはそうだな」


 ジェアンの言う事は確かだし、其れも一理あるのだが・・・。


「グネーフってのは、そんなに強い存在なのか?」

「勿論さね。と言っても、あたしもその時迄、彼処迄の力が有るとは、知らなかったんだけどね」

「え?」

「其の時迄は、あの爆発的な力を抑えていたんだよ」


 爆発的な力を抑える?

 ジェアンの発言に、俺は分かりやすくクエスチョンマークを表情に浮かべると・・・。


「其れ迄は、任務中でも一族の者や依頼主を、其の強力な力に巻き込まない為に、力をセーブしていたんだよ」

「そういう事か・・・」


 飛龍の巣でのアナスタシアとディア対グネーフの戦闘。

 確かにグネーフの肉体は鋼の其れと呼ぶに相応しいもので、耐久力は勿論のこと、其の破壊力は推して知るべしだった。

 然し、ディアによって作られた隙を、アナスタシアの全力の一撃で突かれ、そのまま伸びてしまったのだ。

 あの時、グネーフとナミョークとのやり取りは、決して良好とはいえないものだったが、ナミョークの能力を考えるに、戦力面では守る必要は高いと思うのだが・・・。


「・・・」

「どうしたんだい?」

「いや、ちょっとな・・・」


 今度、俺の方が無言で考え込んでいたらしい。

 ジェアンから掛かった声に、俺は上の空で応えながらも、あの時の事を思い返した。


(ナヴァルーニイというエルフ。彼奴はナミョークよりグネーフの方を助ける事を優先した様に感じられた)


 そういう意味では、グネーフとナヴァルーニイは仲間といえるのだろうし、奴を巻き込まない為に、其の力を抑えていた可能性が高いのだろう。


(彼処で全力で暴れれば、倒れる木々に不意に押し潰される可能性が有るからな)


「グネーフの力ってのは、どんな力なんだ?」

「至って単純なものだよ。其の体躯を使った破壊力さ」

「・・・」

「其れは環境による影響は受けないからね」

「なるほどな」


 確かに仲間に魔空間に弱い者が居たり、付近にダンジョンが有れば極大魔法は使用が躊躇われるし、単純で暴力的な破壊力というのは、ある意味で究極の武器だからな・・・。


「あたしも其の頃はまだ魔石からの力も躊躇なく使えたし、同行した仲間達も皆屈強な戦士ばかりだったんだよ」

「・・・」

「それでも、あたし1人、命からがら逃げるのがやっとだったんだよ・・・」

「ジェアン・・・」

「彼処で・・・」


 呟き掛けたジェアン・・・。


「長よっ」

「・・・梵天丸」

「それ以上は・・・、な?」

「・・・ああ、そうだね」

「・・・」


 然し、其れは梵天丸により止められ、ジェアンは瞳を閉じ、静かに想いを馳せるのだった。

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