第409話


「巨人族の郷は知っているかい?」

「ジェアンに北の果ての大地に有るとは教えて貰ったけど、他の事は何も知らないな」

「そうかい。名は『ペルグランデ』というのさ」

「ペルグランデ・・・」

「懐かしいね・・・」


 視線を落としながら、軽く息を吐くジェアン。


「ペルグランデって、規模は大きいのか?」

「其処迄、広大では無いさね」

「そうなのか?」

「あたし等の図体でそう思うのは仕方ないさね。ただ、巨人族はそう数も多く無いし、皆で肩を寄せ合いながら生活してるさね」


 その言葉を証明するかの様に、背中を丸めて座っているジェアン。


「北の果てって事は、狩りとかは・・・?」

「難しいね。たまに郷の付近に迷い込んだ熊を狩ったりはするけどね」

「熊⁈」

「でも、量は知れているさね」

「ま、まぁ、だろうな」


 流石に巨人族が少ないとはいっても、この巨体でたまに熊が獲れる程度では、満たされる事は無いだろう。


「専ら、釣りが多かったね」

「此処でも良くやっているしな」

「そうなのか?」

「梵天丸も上達したね」

「うむ。釣りとは中々奥が深くて、面白いものだ」

「へぇ〜・・・」


 どうやら、梵天丸も其れに付き合っているらしく、すっかり太公望となっている様だった。


「農耕なんかは・・・、出来ないよな?」

「そうさね。野菜や果物なんかは、採って来るか、買って来るかさね」

「買って来るって、食い扶持は?」

「傭兵稼業だね」

「傭兵・・・」

「あまり、気持ちの良いもんじゃ無いさね」

「・・・」


 魔法の腕は分からないが、ジェアンを見るにただ力任せに闘うだけでも、人族からすれば雇う価値は有るのだろう。


「ジェアンも?」

「旅に出る事が出来る迄ね」

「・・・」

「流石にそれ迄は、郷を追放される事は無かったね」

「そうかぁ・・・」

「其れでも、あの時は幼気で可憐な少女だったからね」

「・・・」


 ジェアンはクリクリというよりは、ギョロギョロとしたと表現した方が良い瞳で、此方を見ながら、そんな事を言って来た。


「そうであったか」

「ええー⁈」

「ん?どうした司?」

「い、いやぁ・・・」


 其れに何の疑問も抱いていない様子の梵天丸に、俺は堪え切れず声を上げてしまった。


「何だい?何か言いたい事が有るのかい?」

「いや、無いよ」

「そうかい」


 ジェアンからの凄みを効かせた威圧を、サラリと躱した俺だったが・・・。


「うむうむ」

「・・・」


(梵天丸のこれは、ジェアンから強いられているのか?それとも他に女性を見る事が無いから、美的感覚というものが養われて無いのか?)


「其れで・・・」

「うん?どうかしたのかい?」

「・・・グネーフの事なんだが?」

「ああ、そうだったね」

「・・・」


 これ以上、無駄話をしていても仕方ないし、俺は話を戻す事にした。


「奴は傭兵として雇われたのかな」

「それは、無いさね」

「え?」


 ジェアンの話を聞いた後では、俺の想定は当然の事だと思うのだが、其れは、ジェアンによって即座に否定されてしまった。


「何で・・・?」


 郷を追放されたジェアンが、当然の様に断定出来るのか、そう思い洩らしてしまった呟きに、ジェアンは直ぐに答えて来た。


「グネーフ、あの子も追放されてるのさ」

「な・・・、何で⁈」

「一族殺しさね」

「・・・っ⁈」

「本当に懐かしいね・・・」


 その大きな瞳を伏し目がちにしながら、寂しそうな表情で呟きを漏らすジェアン。


「彼奴は、何でそんな事をしたんだ?」

「それが分からないのさ」

「え?」

「昔は・・・、と言っても、あの子が生まれて数十年は、郷でも一番の稼ぎ頭だったんだけどね」

「稼ぎ頭?傭兵としてか?」

「そうさね」


 ジェアン曰く、元々、グネーフの両親は一族の中でも、釣りや狩りは上手いが、戦士では無かったらしい。

 グネーフはそんな両親の元に生まれた、巨人族の歴史に名を刻める程の、戦士の素質を持つ子だったらしく、郷の者達皆で手厚く、そして時に厳しく育てていたらしく、一族の期待に応える様に、見事に一人前の戦士に育ったグネーフは、先程、言った様に郷に巨万の富をもたらしたそうだ。

 だが、ある日・・・。


「突然だったのさ」

「・・・」

「傭兵としての任務に出向いた先で、同行していた仲間達を・・・」


 ある国同士の戦争に任務に向かった、グネーフと仲間達。

 だが、一月経っても任務の完了の報せも無く、増援の要請にも戻らない為、不審に思った郷の者が状況を確認しに行くと、国は無残にも滅びていて、両軍と両国民、そしてグネーフ以外の巨人族の傭兵達は全滅していたらしい。


「何故、犯行がグネーフの仕業と?」

「郷から捜索及び追撃隊が出て、その生き残りからの報告さね」

「なるほど・・・、って、生き残り?」

「そうさね。其の一団、巨人族の精鋭13人の部隊。唯一の生き残りのあたしがね」

「・・・っ⁈」

「・・・」


 静かに俯き、無言になったジェアン。

 俺はその静寂に身を任せ、ジェアンからの言葉の続きを待つのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る