第408話


 今年もあと約一月となった冬の日。

 俺とローズは2人で、学院長室に来ていた。


「今年は儂も良い気分で年が越せそうじゃな」

「学院長?」

「お主ら2人の卒業も確定したからの」

「はは・・・」

「ご指導ご鞭撻、誠にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「ほっほっほっ」


 皺を深くし、目を細め、安堵の中に複雑な感情を感じさせるデリジャン。

 年内に全ての過程を修了させた俺とローズは、あとは来年春の卒業式を待つだけとなっていた。


「それで、子供らはどうじゃ?」

「元気にスクスク育ってますよ」

「そうか」

「もう、口も達者になって大変なんです」

「ほっほっほっ、なるほどな」


 ローズが困った様な表情で告げ、デリジャンは面白そうに笑っていた。

 ローズの言葉通り、最近はマセた発言をする様になった凪。

 リールなどは子供の背伸びと笑って流していたが、ローズは自身の子供の頃と比べ、凪の発言に若干ヒヤヒヤするらしく、頭を悩ましている様子だった。


(まぁ、子供の頃から次期当主になる事が決まっていたローズと凪では、そこら辺に差は有るだろうけど)


「じゃが、楽しみじゃの」

「え?学院長?」

「10年もすれば、お主らの子達が此処に入学して来るんじゃ。今から楽しみじゃよ」

「学院長・・・」

「其の時迄、儂も居れると良いのじゃが」


 語る内容は少し寂しさを感じるものだが、其の表情にはその時迄、健康でいれる自信がある様に感じられる。


「大丈夫ですよ、学院長」

「ほっほっほっ、そうかの〜」

「えぇ」


 デリジャンはやはりその気らしく、軽い調子で応えて来たのだった。


「そういえば、学院長?」

「何かの?」

「アポーストルは、最近、此処に来ましたか?」

「最近じゃと、先月が最後じゃの、顔を見せたのは」

「そうですかぁ・・・」


 俺の登校日は、任務や冒険の合間の為、なかなか目的の人物に会う事は叶わないのだった。


「何か用事でも有ったのか?」

「あ・・・、はぁ」

「そうか。奴も最近は頻繁に此処に顔を見せておるし、また、直ぐに来るやもしれんぞ?」

「そうなのですか?」

「うむ。以前などは年一程度じゃったが、最近では多い時は、月に複数回来たりもするの」

「へぇ〜・・・」


 何故、あの男が此処に来訪する頻度が増えたかは分からないが、もしかしたら、また直ぐに顔を出すのかもしれないのかぁ・・・。


(待つ・・・、いや、或いは終末の大峡谷へと、顔を出してみるのも良いかもな)


 俺がアポーストルに会いたい理由は唯一つで、奴が神の居所を知っているか確かめたいからだ。

 勿論、知っているのなら居所を聞き出し、現在迄にどの程度のヒトを創り出したのか、そして其れは何の目的が有るのか、何より・・・。


(神とやらが、ルグーン側・・・、つまり守人側でないか、確かめる必要が有るからな)


 ただ、もし敵ならばどうするかが問題で、倒すにしても、神が此の世界で担っている役割を知る必要が有る。


(神を倒した瞬間、世界が終わりましたでは、話にならないし・・・)


 何より、ラプラスから見れば大した存在ではないらしいが、俺が敵う相手なのかという問題も有るのだ。

 ただ、其れも此れも、アポーストルが神の居所を知らなければ話にならない。


(ラプラスとアポーストル以外で、其の手の情報を持ってそうな人間が、思い浮かばないからなぁ・・・)



「いんや、来てないさね」

「そうなのかぁ・・・」

「何だ、司。アポーストルに用か?」

「あぁ、ちょっとな」

「仲良しさんになったんだねえ」

「さて・・・、な?」


 俺はローズを屋敷に送り此処、終末の大峡谷にやって来た。

 いつも通り、出迎えてくれたのは、梵天丸とジェアンで、目当てのアポーストルは来ていない様だった。


「そういえば、あの子も最近顔を見せないね」

「そうなのか?」

「昔は旅の合間に、良く顔を見せてたんだけどねえ」

「へぇ〜・・・」


 どうやら、現在、彼奴に会う為には、学院に顔を出した方が可能性が高いらしいな。


「そういえば、あの悪ガキは元気にしてるかい?」

「あぁ、相変わらず呑んだくれてるよ」

「はあ〜、しょうのない子だねえ」

「ははは。なんたって、酌をしてくれるのが、絶世の美女だからな」

「あんらあ、あの子に好い人かい?」

「いや、そうじゃなくて・・・」


 俺はジェアンにアナスタシアの事を説明したのだった。


「・・・」

「ジェアン?」

「そうかい、そんな話だったのかい」

「あぁ」

「ふぅ〜ん、道理で此処に顔を出さない訳さね」

「・・・」

「良かったねえ・・・」


 クリッとした瞳を細め呟いたジェアン。

 目尻には光るものが見えていた。


「ジェアン」

「ん?何さね?」


 ジェアンが落ち着く迄、少し間を置いて呼び掛けた俺。


「ちょっと、聞きたい事が有るんだが」

「あたしにかい?」

「あぁ」

「何さね?」

「巨人族で、旅をする者って多いのか?」

「いや、そんな物好きなのは居ないさね」

「そうなのか」

「あたし等は、此の巨体だからねえ。衣食住、特に食料と住処に困るから、通常、一族の中で一生を終えさね」


 通常、そう言ったのは、自身の境遇を指しての事だろう。


「じゃあ、彼奴が珍しいのかぁ・・・」

「彼奴?」

「あぁ、少し前に、巨人族とやり合ってな」

「あんらぁ、どうしたね?」

「実は・・・」


 俺は飛龍の巣での、一件をジェアンに説明したのだった。


「其れは、大変だったね」

「まぁな」

「喧嘩は褒めれないけど、子供の事なら仕方ないさね」

「我の名付け親の子、一度会ってみたいぞ」

「そうだな、考えておこう」


 梵天丸からの申し込みに、とりあえずの返事をする俺。


「それで、其の巨人族の名は、分かってるかい?」

「あぁ。グネーフと呼ばれていたよ」

「・・・っ⁈」

「ん?」

「・・・」


 俺がナミョークと共にいた巨人の名を伝えると、驚きの表情を浮かべ黙り込んでしまったジェアン。


「どうしたのだ、長よ?」

「・・・懐かしい名を聞いて、驚いたんだよ」

「知っているのか?」

「そうさね・・・」

「彼奴は、どんな奴なんだ?」

「よっこいしょ・・・、と」


 どうやら、グネーフの事を知っているらしいジェアン。

 其の巨体を揺らしながら、ゆっくりと腰を下ろした。


「ジェアン・・・」

「座ると良いさね」

「あ、あぁ・・・」


 ジェアンに促され腰を下ろした俺と、倣う様に梵天丸も地面に座ったのだった。


「さて・・・、何から話すかね」

「・・・」


 そう言って遠くを見つめるジェアン。

 其の視線は、遥か北へと向いていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る