第400話


「それじゃあ、よろしく頼む」

「ふっふっふっ、任せなさい」

「あぁ・・・」


 俺は今回はフェルトの所に居るアナスタシアとルーナを迎えに行く必要がある為、家族の事と子龍の事をアンジュに頼み、足早に隠れ家を後にしようとした。


「刃も・・・」

「おおお〜‼︎」

「ピィ・・・、ィ」


 俺の呼び掛けにも気付かず、興奮気味に子龍と戯れている刃。


(いや、あれは戯れているというより・・・)


 一方的に興奮した様子で、乱暴に子龍を撫でている刃。


「おい、じ・・・」


 俺が刃を止める為、呼び掛け様とした・・・、瞬間。


「ビィッ‼︎」

「うっ⁈」

「・・・っ⁈」


 自身を撫で回していた刃の指に、歯を立てる様にした子龍。

 実際は、まだ歯は生えておらず、咥えた様な形になったが、両親が両親なだけに、居間には一気に緊張感が走り、シエンヌ至ってはその袖口から隠しナイフを取り出していた。


「刃っ‼︎」


 俺も森羅慟哭の準備をし、刃と子龍へと駆け寄ろうとした・・・、瞬間。


「ううう〜・・・。パパ、んっ‼︎」

「・・・っ⁈じ・・・、ん?」

「んん〜んっ‼︎」

「・・・」


 目尻から頰へとこぼれ落ちそうになる涙を堪えながら、俺へと目一杯首を横に振ってくる刃。


(来るなって事か・・・?)


「ふぅぅぅ・・・」

「刃・・・、お前・・・」

「キュウゥゥゥ・・・」


 子龍も刃の接し方が苦しかったのか、自由になった身体を、呻き声を上げながらバタバタと振っていた。


「・・・うっ⁈」

「・・・」


 その声に身体をびくりと強張らせ、目尻に溜めていた涙が頬を伝った刃は、身体をほぐす様に身じろぎする子龍の様子に、落ち込んだ様に視線を足下に落とすのだった。


「キュゥゥ・・・」


 その様子に悪意から刃に牙を剥いた訳では無かったのだろう。

 今度は子龍の方が居心地悪そうにし始めた。


(どうしたもんかなぁ・・・)


 刃も既に反省している様だし、ここから怒るのもどうかと思うし、子龍も悪気が無い以上なぁ・・・。

 俺がそんな風に困っていると・・・。


「んっ・・・」

「・・・ん?」

「おおお・・・‼︎」

「じ、刃⁈」


 目尻に残っていた涙を拭い顔を上げ、其の小さな掌を握りしめ、急に気合いを入れ始めた刃。


(いや、此れは・・・)


 刃の様子を観察すると、魔流脈を流れる魔力が活性化しているのが見て取れた。

 すると刹那の間で・・・。


「んんん・・・、んんっ‼︎」

「・・・っ⁈」


 俺譲りの黒い双眸を持つ刃だが、其の右の瞳は今、金色の妖しい輝きを放っていた。


「刃・・・、お前も・・・」

「・・・」


 混沌を創造せし金色の魔眼は颯と凪にも遺伝しているので、刃に其れが発動する事に不思議は無かったが、突然の事の為、俺は驚愕してしまった。


「んん・・・」

「ピッ⁈ピィ・・・」


 硬く握り締めていた掌を解き、子龍の方へ伸ばした刃に、子龍は突如として様相を変えた刃に、危機感からか其の身を守る様にし退いたのだった。


「・・・」

「刃・・・」

「んん〜んっ」


 所在なさげに腕を伸ばしたまま固まっていた刃だったが、俺からの呼び掛けには首を横に振り、拒否の姿勢を示して来た。


「ん・・・」

「キュゥゥゥン・・・」

「んん、んんんっ」

「・・・っ⁈」


 刃は腕を下ろし、目一杯子龍に向かい其の頭を下げる。


「キュウ?」

「・・・ん」

「・・・」


 緊張感を持っていた子龍の表情は、間の抜けた様に緩み、然し、其の身体は固めたまま、刃の顔を観察する様に覗き込んでいた。


「キュゥゥ・・・」

「お、お?」


 やがて、身体の緊張も解いた子龍に、刃は再び掌を伸ばして見せ、1人と1匹は其の双眸からの視線を重ね、互いに問い掛ける様な空気を漂わせる。


「ピィィィ」

「おおお〜・・・」

「・・・っ」


 子供と動物の其れは、俺には理解する事は出来ず、俺がただ刃が小さな掌を子龍の頭に置いた事に、びくりと身体を強張らせた・・・、瞬間だった。


「おお・・・、おおっ‼︎」

「キュゥゥゥン‼︎」

「な⁈」


 刃の掌に無詠唱で結ばれる魔法陣。

 其処から生じた淡い光が、子龍の身体を包み込むと・・・。


「ピ・・・」

「お、おい・・・」

「ピッピッピィィィーーー‼︎」

「おおお〜‼︎」

「ピイィ‼︎」

「・・・な?」


 先程迄の様子が嘘の様に、活気を取り戻し刃へと駆け寄る子龍。

 刃は今度は子龍に負担を掛けぬ様に、然し、しっかりと其の身体を抱きしめたのだった。


「か、回復魔法か?」

「みたいね・・・」


 刃と子龍の様子を静観していた俺とアンジュは、驚きの表情で見つめ合う。


「何故・・・?」

「日常的に見ていたからだろう」

「ブラートさん?」

「母が詠唱する其れの、魔力の流れを見て、自身の魔流脈に同じ様に流したのだろう」

「そ、そんな・・・」


 俺は子龍を抱きしめる刃の背を見て、その小ささにそんな事が可能なのかと続けたかったが、ブラートは・・・。


「末恐ろしいな」

「・・・」


 落ち着いた様子で応えて来た。


「お爺様」

「うむ。そもそも、回復魔法を無詠唱で使用出来る者など、儂も聞いた事が無いの」

「・・・そんな」


 確かに、俺が此の世界で回復魔法による治療を受ける時、其の全てが通常詠唱によるものだった。


「刃っ」

「ん〜?ママ?」

「凄いわっ」

「おおお〜?」


 俺は驚きから戻って来れ無かったが、アンジュは既に刃の頭を誇らしそうに撫でていた。


「・・・」

「パ・・・、パ?」

「ん?」

「・・・おお?」


 俺の様子を心配したのか、刃は其の小首を傾げ、此方を見て来た。


(本当なら・・・)


 刃の様子に頭を過ぎったのは颯と凪。

 1人は名門貴族の跡取りとなる事が決まっていて、もう1人は創造主より与えられし秘術を受け継ぐ者。


(そして、此処には世界で唯一の、無詠唱回復魔法の遣い手かぁ・・・)


 そんな重いものを子供達に背負わせたく無い、其れが正直なところだったが・・・。


「パパ・・・?」

「・・・刃」


 刃の不安な様子に、そして、心が締め付けられる思いに、我慢が出来なかった俺は、掌を其の小さな頭の上に置いて・・・。


「良し、偉かったぞ?」

「お・・・、おおお〜‼︎」

「はは・・・」


 撫でてやったのだった。

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