第399話


「ピーピッ」

「おおお〜・・・」


 部屋の隅で何やら戯れている刃と子龍。

 俺達はその声を背景音楽にしながら、世間話をしていた。


「そういえば、あの爺さんは島に残ったままか?」

「えぇ、一度迎えに行ったんですけど、まだ探索を続けるらしくて」

「そうか・・・」

「ブラートさん?」

「いや、かなりサバイバル知識に精通していたから、何者か気になってな」

「あぁ、なるほど」


 ブラートの言葉は尤もで、俺も本人や共に過ごしていた軍人達に探りを入れてみたが、その正体は未だ不明のままだった。


「まぁ、王都から派遣されている探索隊にも協力的らしいですし、大きな問題は無いかと」

「そうだな」

「そういえば、探索といえば、ミニョンの怪我は大丈夫だったの?」

「あぁ。幸い内臓関係は問題無かったからな」

「そう。あの娘もアウレアイッラに直しに行けば良かったのに」

「あぁ、誘ったんだけど、金銭的にな・・・」


 学院卒業後、ペルダン家から独立したミニョンとフレーシュの姉妹は、此処ディシプルで極貧生活を送っている為、せっかく得た今回の報酬をなるべく節約したいとの事だった。


「俺の仕事を手伝ってくれたのだし、払うって言ったんだがな」

「あの娘は、そんな話受けないわよ」

「そうだなぁ・・・」


 真面目なミニョンは、俺からの申し出を良しとせず、ディシプルの通常の医師の治療を受ける事にしたのだった。


「ふっ。次からは契約内容に其れを含めておけば良いさ」

「ブラートさん・・・」

「冒険者にとって、契約は重要なものだからな」

「そうですね」


(そうだよな、相手は既にプロの冒険者なのだから、此方の世界の明確なルールに従うべきだろう)


 ブラートからの提案に、俺は頷いたのだった。


「鍛え方が足り無かったみたいだねえ」

「シエンヌさん、そんな事は・・・」

「いいや、また一から鍛え直しだよ」

「ふっ、そうだな」

「ブラートさんも・・・」

「いや、あの2人思ったより筋が良いしな。もっと鍛えれば、かなりの使い手になるかもしれんぞ」

「そうですか?」

「ふんっ、まだまだだよ。怪我が治ったら・・・」

「ふっ」


 不機嫌そうな表情を浮かべながらも、小声でこれからの訓練の予定を呟き始めたシエンヌ。

 ブラートは、そんなシエンヌを面白そうに眺めるのだった。


「話は変わるが、司殿」

「?どうかしましたか、エヴェック様?」

「うむ・・・」

「???」


 俺へと声を掛けて来たが、続きは言い辛そうにしているエヴェック。


「どうしたの、お爺様?」

「う、うむ・・・。そうだな」


 アンジュより促され、決心した様にお茶に口を付け、真剣な表情を此方に向けて来た。


「実は、最近きな臭い話があってのお」

「きな臭い・・・、ですか?」

「うむ。ヴィエーラ教の本部から、アッテンテーター帝国に使者が派遣されたらしくてな」

「使者とは・・・?」

「うむ・・・」


 エヴェックの言った事を額面通り受け取れば、きな臭部分が分からないが、告げて来たエヴェックの表情は、顔に刻まれた皺の深さを増し、悩む様が伝わって来た。


「エヴェック様?」

「うむ、それだけなら問題無いのじゃが、実はの・・・」


 その後、エヴェックの告げて来た内容を、俺は頭の中で整理した。

 最近、王都に残るエヴェックを慕う司祭から、親交の深かったアッテンテーターのヴィエーラ教司祭からある密書が届いたらしく、その内容は最近のサンクテュエールのヴィエーラ教本部へ対しての背信的行為は、このまま放っておけば異端、或いは背教へと繋がる懸念があり、其の事についてアッテンテーターのヴィエーラ教最高司教の元に、どう考えているかとの内容だったらしい。


(要は、最近緊張が増して来た両国の関係、其れを見て丁度良いと見て、アッテンテーターにサンクテュエールに対してお灸を据えろという事だろう)


「でも、何故アッテンテーター側から、報せてくれたのですか?」

「当然じゃない、司」

「アンジュ・・・」

「ヴィエーラ教の教義の根幹は安寧の世を築き、保つ為のものよ」

「そうかぁ・・・」


 アンジュの発言に、イマイチ納得出来ない様子を見せた俺。

 そんな俺に・・・。


「其れも有る。然し、それだけでは無いのだがな」

「エヴェック様?」

「此方に報せをくれたのは、スヴャートスチ派の者なのじゃ」

「え・・・?」

「アッテンテーター帝国は、大陸では珍しいエーレシ派が多数を占める国なのじゃ」

「なるほど・・・」


 アッテンテーター側から報せが来たのは、教義も無くは無いが、根底にあるのはヴィエーラ教内での宗派争いな訳か・・・。


「其れで、陛下へと書状を認めたので、司殿に送って貰いたいのだが」

「え、えぇ、其れは勿論」


 俺が既に引退した身であるエヴェックから、其れを国王に伝える事に違和感を感じていると、エヴェックは・・・。


「サンクテュエール内のヴィエーラ教も、一枚岩では無いという事じゃな・・・」

「・・・」


 寂しそうな表情で告げて来たのだった。

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