第380話


 俺とパランペールの話がひと段落すると、部屋の扉が開き・・・。


「はにゃ〜・・・」

「アン、どうしたんだ?」


 此処に到着した時は元気な様子だったアン。

 しかし、そのアンが溜息を吐きながら、肩を落とし部屋に入って来たのだった。


「お姉さん達に捕まって、手伝いをしてたにゃ〜」

「あぁ、そういう事か」

「はは、お疲れアン」

「にゃ〜・・・」


 アンがソファーに座ると、凪が耳を引っ張ってアンに構って貰おうとしていたが、アンは本当に疲れているらしく、反応を示さなかった。


「ん?どうしたんだ、それ?」

「にゃ?ああ、颯様と凪様にお姉さん達からお土産にゃ」

「へぇ、あとでお礼を言わないとな」


 アンが手にしていた手提げ袋が気になり、聞いてみると、お土産と言いながら中から絵本を取り出した。


「ごほん?アン?」

「そうですにゃ、凪様。颯様は大喜びだと思うにゃ」

「え?颯が?」

「ああ、なるほどね」

「???」


 絵本を片手に、屋敷で待つ颯が喜ぶ事を確信するアン。

 アンだけならいつもの様に調子に乗っているのかと思ったが、パランペール迄も納得している為、俺は頭に疑問符が浮かんでしまった。


「え〜と・・・」

「ああ、そうだったにゃ。ご主人様は此方育ちで無いから知らなかったにゃ」

「あぁ。此れは・・・?」

「スラーヴァ物語にゃっ」

「スラーヴァッ⁈」


 アンの教えてくれた絵本のタイトル。

 其れは俺がアウレアイッラで、グロームの落雷により、生死の狭間を彷徨っていた時に会った男の名を題していた。


「にゃにゃっ⁈どうしたにゃっ⁈」


 俺が驚き強い口調で聞き返した為、アンはソファーから跳ね上がっていた。


「どうかしたのかい、司君?」

「い、いやぁ・・・。最近知り合った人と同じ名だったので・・・」

「ああ、そういう事かい」

「驚かさないで欲しいにゃ」

「す、すまん・・・」


 アンからの非難の声に頭を掻いた俺。


(まぁ、絵本の題になる位だし、割とポピュラーな名なんだろう)


 ただ、俺は疑問が晴れた訳では無く、それをアンへと聞いてみた。


「でも、何で颯が喜ぶんだ?」

「それですにゃ。スラーヴァ物語には九尾の銀狐が出て来るにゃ」

「あぁ、そういう事か・・・」

「にゃ〜」


 確かにそれならばアンとパランペールの反応も納得がいく。


「どういう話なんだ?」

「ある国の昔話ですにゃ。前王の跡を継いだ長男が非道い王様で、其れに怒った次男スラーヴァが闘いを挑むにゃ」

「へぇ〜・・・。九尾の銀狐は?」

「スラーヴァの手助けをするにゃ」

「・・・ん?」


 何処かで聞いた話に、新たな疑問が湧いて来た俺。


「はは、分かったかい、司君?」

「パランペールさん・・・。此れって・・・」

「ああ。以前話した九尾の銀狐の話さ」

「そういう事ですか」


 俺の疑問に答えてくれたのは、正に其の話をしてくれたパランペールだった。


「でも、それだと・・・」


 アンは颯が喜ぶと言ったが、あの話をすれば気弱なところのある颯は、落ち込み泣き出す事は有っても、喜ぶ事は無いと思うのだが・・・。


「ああ、其れは大丈夫だよ」

「え?パランペールさん?」

「お伽話だからね。結末はスラーヴァ側の勝利なのさ」

「そうにゃ。そしてスラーヴァと九尾の銀狐が結ばれて、めでたしめでたしにゃ」

「あぁ・・・、なるほど・・・」


 まぁ、昔話だしそんな都合の良い改編もされるだろう。


「司君の言ってたスラーヴァさんも、次男なのだろうね」

「え?どうですかねぇ・・・?」

「どんな知り合いですにゃ?」

「ま、まぁ、仕事関係かなぁ・・・」


 俺はスラーヴァとの出会いから、アンの追求にお茶を濁したが、当然の様に言ったパランペールの言葉が気になった。


「どうして、次男だと思われたのですか?」

「ああ、それかい。それは伝承から次男にスラーヴァと名付けると優秀に育ち、長男に対しても文武に励み、人の道を外れる事をしない様にしないと、次男から打ち倒されるという戒めになるんだよ」

「あぁ、そういう事ですか」


 パランペールの言葉に納得した俺だったが・・・。


「・・・」

「どうしたにゃご主人様?

「え?」

「難しい顔をしてるにゃ?」

「いや、大丈夫だ」


 心配そうに顔を覗き込んで来たアンに応えた俺だったが・・・。


(まぁ、偶然の一致だよなぁ・・・)


 ある闘いで命を落としたと言っていたスラーヴァ。


(次男に名付けるのが験担ぎなのだから、何処ぞの騎士家の次男坊なのかもなぁ)


 俺はそんな風に思い首を振ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る