第363話


「・・・遅いな」

「すいません」

「良いさ。もう一度」

「はいっ」


 砂浜に響いたフレーシュの声。

 同時に彼女は弓を絞り、詠唱を始めた。


「よっ、久し振りだな」

「え⁈司様っ‼︎」

「集中しろ」

「・・・っ、すいません」


 背後から俺が声を掛けると、振り向いたフレーシュ。

 集中を切らしたフレーシュに、ブラートから静かな叱責が飛んだ。


(すまんな、フレーシュ・・・)


「えっ?司さんいらしてますの?」

「あぁ、ミニョン」


 此処はディシプル真田家隠れ家前の砂浜。

 この春、学院を卒業したフレーシュとミニョンはディシプルを拠点に、冒険者としての活動を始めていた。


「サボってんじゃ無いよ、ミニョンッ」

「サ、サボってなんていませんわっ」

「本当かい?」

「も、勿論ですわっ」


 ミニョンに飛ばされたのは、シエンヌからの叱責。

 フレーシュとミニョンは其々、ブラートとシエンヌからの稽古を受けていた。


「男に現を抜かしてないで、稽古に集中しな」

「現を抜かしてなんて・・・」

「行くよっ?」

「は、はいですわっ‼︎」

「此方も再開するぞ?」

「はいっ」


 再開したミニョンとフレーシュの訓練だったが、ミニョンはものの5分と持たずに、シエンヌによって砂浜の上に転がされていた。


「ふんっ、そんなもんかい?」

「まだまだですわっ」


 頰についた砂を払いながら、再びシエンヌに向かって行くミニョン。


(ブラートが以前言ってた通り、シエンヌって中々強いんだよなぁ・・・)


 砂浜の上では、最大の武器であるスピードは半減するし、純粋な体術勝負の為ロックシールド等の魔法も使用して無いミニョン。

 リーチを含む体格差が有る為、圧倒的にシエンヌ有利だし・・・。


「ぐぅ・・・」

「どうしたんだいっ?」

「むぅ・・・、ですわっ」


 何より実戦経験の差から、自身の形に持ち込む事をさせて貰えないのだった。


「そんな、いい加減な事じゃ、仕事は任せられないよ?」

「ええ〜、それは困りますわ」

「・・・」


 何かシエンヌから気になる発言が有ったが、聞かなかった事にしよう。


(生活に困っているからって、盗賊ギルドの仕事は駄目だろう・・・)


「狙いを付ける事だけに集中するな」

「は、はい」


 フレーシュがブラートから受けている稽古は、射撃への付与魔法だった。


「今度は詠唱に集中し過ぎだ」

「はいっ‼︎」


 フレーシュは魔法も射撃も器用にこなすタイプだったが、付与魔法の習得には中々苦労してる様だった。


(まぁ、これからの2人には必要な力だろう)


 学院卒業後、フレーシュは王都には戻らず、冒険者として生きていく事を決めた。

 理由は、彼女の病気の母親で、母親は現在フレーシュとミニョンの父である、デュックの援助を受けて療養と生活を送っている為、将来的に自身で面倒を見たいと考えている様だ。


(まぁ、たとえフレーシュが一本立ちしたとしても、あのデュックが援助を終わらせるとは考えにくいが・・・)


 そしてミニョン方はというと、母親の用意した縁談を悉く破談にしていき、卒業後、遂には監禁同然で王都のペルダンに連れ帰られていたところを、一方的に絶縁を叩きつけ、無理矢理フレーシュの所に転がり込んでしまった。


(何だかんだで、フレーシュも追い返さなかったが・・・)


 そんな訳でディシプルでの新生活を始めた、フレーシュとミニョンの姉妹。


「司様」

「どうしたんだ、フレーシュ?」

「近々ダンジョンに潜る予定とかって、有りませんか?」

「いや、特には・・・」

「そうですか・・・」


 俺からの返答に、落ち込んだ様子のフレーシュ。


「何か有ったのか?」

「いえ、色々と入用でして・・・」

「え?そんなに生活費掛かるのか?」

「いえ、今の部屋は2人で暮らすには・・・」

「あぁ、なるほど」


 フレーシュは最初手狭な部屋を借りて生活していたが、ミニョンが転がり込んだ為、新しい部屋を探さなければならなくなった様だ。


「然も、わがままなお嬢様は、風呂の広さにも不満の様で・・・」

「ちょっ、ちょっとフレーシュッ。司さんにそんな事言わなくても良いんですわっ」

「はぁ〜・・・」

「むぅ〜・・・、ですわ」


 お嬢様育ちのミニョンには、やはり一般的な暮らしは厳しい様で、面倒をみるフレーシュは苦戦している様だった。


(家を出ても2人の関係は、お嬢様とメイドな訳か・・・)


 ただ、ミニョンが家を出た事は、俺にも責任は有るだろう。


「ディシプルにはダンジョンって無いのか?」

「有るには有るのですが、全て攻略済みらしいのです」

「そうかぁ・・・。ブラートさん?」

「何だ?」

「面白そうなダンジョンとか・・・?」

「ふっ、何か面白い話が有れば乗るぞ?」

「そうですか・・・」


 乗るぞと言われたら、何か有った時に協力してもらうしか無い。


(ただ、美味しい話を求めているのは、フレーシュだけでは無いんだよなぁ・・・)


「まぁ、他からも頼まれているし、俺も伝手を当たってみるよ?」

「他からですか?」

「あぁ。うちの居候からな?」

「なるほど・・・」


 居候、そう言っただけでフレーシュには伝わったらしい。

 こうして、俺は訓練を続けるフレーシュとミニョンを残し、アンジュと刃の待つ隠れ家へと向かうのだった。

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