第361話


 ディアのミラーシへの帰還宣言。

 其処から話は急転直下で進んだのだった。

 リアタフテ家の者は、ローズ、そしてリールの現、前当主がディアの意志を尊重すると言った為、誰も反対する事が出来なかった。

 1人只ならぬ雰囲気を感じて、泣き続けていたのは颯だったが・・・。

 そして・・・。


「ううう・・・」

「颯・・・」

「・・・っ」


 ディアがミラーシに帰って2週間。

 俺は颯と2人、復活したリエース大森林のミラーシへ通じる魔力の扉の前に居たのだった。


「少しずつ良くなってるぞ、颯?」

「・・・っ、う・・・、う」

「は、はは・・・」


 俺は接待よろしく、颯を泣かさない様にしていたが、何でこんな状況かというと・・・。


「パパも最初は出来なくて、沢山練習したんだよ?」

「あ〜あっ・・・」


 ディアはミラーシに戻り、新米長としての活動を開始したのだが、ミラーシはサンクテュエールとの交流を開始し、互いの行き来は狐の獣人の一族の中で例外的に可能になっていた。

 当初、リールは帰還したディアが、ミラーシの中で孤立していないか心配し、良く外泊しに行っていたし、現在でも何かと顔を出していたが・・・。


「ディアとの約束だし、頑張らないとな?」

「ディア・・・、っ」


 目尻に浮かんでいた涙を拭い、魔力の扉へと向き直った颯は・・・。


「うう〜・・・‼︎」

「・・・」


 魔力の扉へと小さな掌を伸ばして、唸り始めたのだった。

 何で颯がこんな事をしてるかというと、ディアがミラーシに帰る日にした約束があった。


「ひとりでこれるようになるまで、きちゃだめっ」

「ディア?・・・ううう」

「なきむしもだめっ‼︎」

「う・・・、っ」


 自身の帰還が決まり、意味は良く分かって無いものの、何となく理解し落ち込み泣き続ける颯に、ディアは単独での魔力の扉の解錠成功迄、ミラーシへの来訪を許可しない事を宣言した。


(颯の成長を促す為だと思うが・・・)


 颯は自分以外のリアタフテ家の者達が、解錠を成功していくのを見て、焦りと寂しさからかなり追い詰められている様子だった。


(意外に皆んなスパルタだからなぁ・・・)


 正直なところ、俺は別に代わりに解錠してあげて、良いと思っていたが、家の者達は皆ディアの考えに賛成の様だった。


「ううう〜・・・」

「・・・」

「う〜・・・、うう〜‼︎」

「・・・」


 ディアが帰って2週間、毎日挑戦を続けている颯。

 颯は俺の時と違い、すぐに魔力の扉自体は見つけられたが、その後はかなり苦戦していた。


(ただ、いつもなら既に諦めているだろうし、良い事なのかな?)


 ローズは颯の様子に心配はしながらも、喜んだ様子で応援していたのだった。


「・・・っ」

「颯・・・」


 早朝から始めて、既に日も高くなっていて、流石に疲れたのだろう。

 颯は地面にへたり込んでしまった。


(コツみたいなものが、有れば良いんだけどなぁ・・・)


 俺が初めて魔力の扉の解錠に成功した時は、ブラートによるマジックシールという魔封の術による、荒療治によるものだった。

 ブラートはレイノ件を終えて、ディシプルに戻った後は、旅に出る事はせず、ずっと滞在している為、ブラートに頼んでやって貰っても良かったが、あの苦しみの底に颯を落とす事は躊躇われた。


「ふぅ〜・・・」

「颯、ご飯にしようか?」

「あ〜あっ、ううう」

「・・・そうかぁ」


 俺の方を見て、首を振って来た颯。


(根を詰め過ぎるのもなぁ・・・)


 努力するのは良い事だけど、まだ自身の限界も理解出来ない子供だし、そろそろ止めないとな・・・。


(成功するかは、分からないが・・・)


「颯」

「あ〜あっ?」

「ちょっとおいで?」

「う?」


 俺は颯が挑戦を始めて以降、考えていた手を使ってみる事にした。


「あ〜あっ?」

「うん、じっとしててな?」

「・・・」


 恐る恐る俺の元に来た颯。


(叱られるとでも、思っているのかもな・・・)


 俺がそんな颯の小さな掌を取ると、颯は一瞬ビクッと身を強張らせた。


(大丈夫かな・・・?)


 俺は颯の反応に、これから行おうとしている事への、颯の反応に不安を覚える。

 然し、そんな事を考えていても、このままでは颯は身体も精神も消耗していくだけだし、俺は覚悟を決めて挑戦する。


(颯の掌を通じて魔力の糸を流し込むイメージで・・・)


 聖跡に芽吹く蒼薔薇の息吹で得た、新たな魔力操作の感覚を使い、颯の中へと入って行く。


「あっ⁈」

「う・・・、ん。大丈夫だよ〜・・・」

「うう?」


 意外な事に心配していた颯の反応は、強張らせていた緊張を解き、俺に身を任せるものだった。


(颯・・・)


 俺はそんな反応に応える様に神経を集中させ、颯の中を魔力の発生する泉を目指し、奥底深くへと踏み込んでいった。


(此処・・・、だな・・・)


 やがて辿り着いた先、其処は静寂に包まれてはいるが、確かに魔力が湧いてきていた。


(此れを引いて・・・)


 俺は颯の中を魔力を手を繋ぐ様にして引き、空いていた手で魔力の扉に触れ、鍵穴の形を探った。


(なるほど・・・、な)


「あ〜あっ・・・、あっ?」

「此処からは・・・」

「・・・っ」


 俺は引いていた颯の魔力から離れると、颯の魔力は立ち尽くす様に流れが止まる。


(颯の力でクリアしなければ意味は無い)


 俺は鍵穴に合う様に、手招きをしてやる。


(気付いてくれっ・・・)


「・・・う、・・・ううう」

「・・・」

「うーーー‼︎」

「・・・っ⁈」


 俺の手招きに気付いたのか、駆ける様に魔力を走らせた颯。

 颯が鍵穴に合わせ、魔力を走らせた事を確認すると、颯の掌から自身の其れを離した。


「良いぞ、颯?」

「ううっ」


 意味を理解しているのだろう。

 颯は其の漆黒の双眸を俺に向け、はっきりと頷いて、魔力を流した掌を魔力の扉へと向け、見事にミラーシへの道を開いたのだった。


「良くやったな、颯」

「・・・っ」

「偉かったぞ?」


 やり遂げた颯の小さな後頭部。

 俺は誇らしくなり、其の俺譲りの黒髪を撫でた。


「・・・あ」

「ん?」

「ディア・・・、っ」

「あぁ、道も閉じるし早くディアに会いに行こうか」

「うう・・・、あ、あ」

「ん?」


 目標を達成したのに、何か上手くいかない様に、自身の足下へと視線を落とす颯。


「・・・っ」

「颯?どうし・・・」

「あ〜・・・、パ」

「はや・・・、て?」

「パ・・・、パ」

「っ⁈」

「パパッ・・・、うう」


(・・・)


 落としていた視線を上げ、俺へと向き直った颯は、其の小さな掌を俺へと差し出し・・・。


「パパ・・・、ディアい・・・、い?」

「あぁ」

「・・・っ‼︎」

「行こう颯、ディアのところに・・・、パパと」

「う・・・、んっ‼︎」


 俺が差し出された手を取ると、其れを引く様にし魔力の道へと駆け出したのだった。

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