第345話


「流石にもう終わりますよね?」

「そうか?」

「えええ〜」

「ふっ、落ち着け司」


 もう既にディアが聖域に入って5時間。

 日は高くなり、屋敷ならディアとアンが昼食を急かしている時間帯だった。


「ん?」


 突然腰に振動を感じ、視線を落とすとアイテムポーチが揺れているのが見えた。


「どうした、司?」

「えぇ、アイテムポーチが・・・、故障かな?」

「ああ、通信石の反応だな」

「あ?そうかぁ・・・」


 俺はブラートからの指摘に、通信石の機能である受信時の振動を思い出した。


(発信しかした事が無くて、受信するのは初めてなんだよな)


 俺の持っている通信石はパランペールから貰ったアンとの物と、国王から使用の都度に補充して貰っている物だけで、今回の受信は・・・。


「陛下からだ?」


 今の俺に国王から連絡が有るとすれば、モナールカとの交渉で新たな内容の連絡位しか思いつかなかった。


「すぅ〜・・・、はぁ〜」

「ふっ」


 通信石を手にし、緊張を解す様に深呼吸をした俺を見て、ブラートは短く笑っていた。


(仕方ないだろ?どうにも電話とか苦手なんだから・・・)


「・・・陛下、お待たせ致しました」

「おお、司よ。急にすまん」

「いえ、何か交渉の追加内容でしょうか?」

「・・・いや、実は違うのだ」

「え?では・・・?」

「落ち着いて聞いてくれ、司よ?」

「はぁ・・・」


 てっきり交渉の事だと決め付けていた俺に、国王は其れを否定して来て、少し重苦しい口調で語り掛けて来た。


「実は先程、リアタフテ家に与えている緊急連絡用の通信石で連絡が入ったのだ」

「・・・え?」

「リアタフテ領が飛龍の大群による襲撃を受けたらしい」

「・・・っ⁈何故ですか⁈」

「うむ。司よりの報告や、以前の司の子供達の誘拐の件を考えると・・・」

「陛下、私は今す・・・」


 突然の国王からの連絡の内容が、リアタフテ領襲撃と分かり、俺が国王に交渉の打ち切りと屋敷への帰還の許可を得ようとした・・・、刹那。


「な・・・⁈」


 耳を劈く爆音が轟き渡り、空気の振動が身体を芯から揺らして来た。


「どうした、司よ?」

「すいません陛下。此方も何やら襲撃の様で・・・」

「何と⁈」


 正確な状況は確認出来ないが、花火や号砲の類いでは無いレベルの爆音に、襲撃なのは間違いないと思い、俺は周囲を見渡した。


「彼方だ、司」

「ブラートさん・・・、っ⁈」

「レイノの城下町の様ですね?」

「あぁ、だが・・・」


 正直なところ、其れがどうしたという話だった。


「どうする、司?」

「すぐにディアと合流し、リアタフテ領に戻ります」

「そうか」

「本当か、司?」

「はっ、お許し下さい陛下」

「・・・そうだな。バドーにも既に救援に向かわせ、ケンイチも宮廷魔導団の精鋭と待機させておるが、やはり子供の事となれば司も現場に居たいだろうな」


 国王は緊急連絡を受け、迅速に対応してくれていたらしい。


(そうなってくると話は別だ。賊に聖域を抑えられ目的を果たされるのは癪だしな)


「どうやら、其れは難しそうだぞ司?」

「え?ブラートさん・・・、っ⁈」

「囲まれていますね」

「ちっ・・・」


 ブラートの声に通話に集中していた神経を周囲の観察に戻すと、アナスタシアの言葉通り既に周囲を無数のマントを纏った集団に囲まれていたのだった。


「すいません、陛下」

「うむ。其方の場所の特定は?」

「出来ていません」

「司よ」

「はい、陛下」

「武運を願う」

「はっ」

「然し、無理はするで無い。早急にディアと合流し、撤退が最優先だぞ?」

「はっ、了解しました」


 其の言葉を最後に通話を終えると、通信石は粉々に砕け散ったのだった。


「司、どうする?」

「此処での戦闘は聖域内に影響するのでしょうか?」

「その心配は無いだろう。彼処は一種の異空間だからな」

「呼びに行く事は?」

「その瞬間に試練は失敗となるがな」

「・・・」

「ふふふ、其れはお互い得策では無いかと?」

「・・・っ、お前は」


 マントの集団の中から聞こえて来た、不自然で不快さを感じる中性的な高い声。


「ふふふ、飛龍の巣以来ですね。またお会い出来て光栄です」

「俺は不快だがな」

「ふふふ、此れは非道い御人だ」

「何しに来た?またやられに来たのか?」

「いえいえ、今日は我々の手に入れたかったものを、同時に手に入れる幸運な1日にしたいのです」

「手に入れたいもの?」

「ええ。1つはリアタフテに至る可能性。もう1つはノイスデーテに至った九尾の銀狐。そして・・・、其れですよ?」


 その表情はマントで窺えなかったが、きっと不快な表情を浮かべているであろう男。

 語尾と同時に俺の方を指差していた。


「前も言っていたが、俺はお前の欲しがるものなど持っていないぞ?」

「ふふふ、つれない方だ」

「だが、俺の宝と家族を奪うというなら容赦する訳にはいかないな」

「ふふふ」


(当然だが、やはりリアタフテ領の飛龍も此奴らの仕業か・・・)


 戦力的にはリアタフテ領側に集中しているし、国王は俺の帰還が難しくなった事は分かっているし、ケンイチも向かってくれるだろう。


「まぁ、お前らを手早く仕留めて戻るとするか」

「ふふふ、其れは難しいかと?」

「はは、お前に出来るのか?」

「いえ、私ではありませんよ?」

「じゃ・・・」


 突如として太陽に雲でも掛かったかの様に、視界に影のベールが掛かった。


「何だ・・・、お前はこっちに来てたのか?」

「・・・」

「相変わらず、無口なんだな?」

「・・・」

「まぁ、都合が良いさっ‼︎」


 空に視線を向けると宙に浮かぶ光の翼を広げた仮面の男。

 約一年半振りの邂逅にも男は、相変わらずの沈黙を守っていたのだった。

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