第321話


「司様っ‼︎」

「・・・っ⁈ルー・・・、ナ?」

「大丈夫ですか⁈」

「ぁ、あぁ・・・」


 重い後頭部から伝わって来る、ルーナの太腿の優しい感触。


(また・・・、堕ちたのかぁ・・・)


 此処はリアタフテ領の神木の下。

 俺はルーナと共に新魔法の開発に勤しんでいた。


「すまない、ルーナ」

「私は良いんです。でも、司様・・・」

「無理だ」

「・・・っ」

「悪いな・・・」

「・・・いえ」


 俺を見下ろして来るルーナの寂しげな双眸。

 本当は視線を逸らしたかったが、俺は身体の重さからそれが出来なかった。


「ですが、此の魔法はこんなに負担が大きいのですね」

「あぁ、俺も驚いているよ」

「効果をもう少し限定的にした方が・・・」

「いや、其れも無理だな」

「司様・・・」

「ルーナも見ただろ、グロームのあの雷撃を?」

「・・・っ」

「俺と彼奴の間には、絶対的って言葉でも足りない位の差が有るんだ。其れを考えると、此の魔法はこのままの効果で無いと意味が無いんだ」

「・・・はい」


 俺の身体を気遣ってのものだが、ルーナはやはり不満の色を表情に浮かべていたのだった。


 俺達がアウレアイッラからサンクテュエールに戻って一月経ち、既にリアタフテ領は冬景色になり年末を迎えていた。


「大丈夫か、ルーナ?」

「え?私は大丈夫ですよ」

「いや、寒さの方だよ?」

「ああ、そういう事ですね」


 ルーナは先程迄意識を失っていた俺から、身体の心配をされたと思ったらしく、一瞬不思議そうな表情を浮かべたが、質問の意図を伝えると訓練で乱れていた服装を直した。


「悪い、もう少しで動けるから」

「大丈夫ですよ。ゆっくりして下さい」

「ルーナ」

「今だけは司様と2人っきりで居れるのですから」

「・・・」


 ルーナはそう言って俺の赤くなっていた耳を、其の白く透き通る掌で包み込んでくれたのだった。


 その後・・・。


「無いな」

「・・・」

「くくく、何だ?不満か?」

「いや、何となく分かってた事がハッキリしたからな」

「くく、そうか」


 此処はラプラスの居城であるダンジョン。

 俺はアウレアイッラの土産である日本酒を持参し、ラプラスへとグロームの情報を仕入れに来ていた。


「どうにかならないのでしょうか?」

「うっ・・・」

「せめて五分の状況に持ち込める策など有れば良いのですが・・・」

「わ、我が・・・」

「ラプラス様?」

「我が狩りに行ってやろうか?」

「ラプラス様が、ですか?」

「お、おうよっ」


 俺に同行し酌をしていたアナスタシアからの問い掛けに、俺の時とは露骨に違った反応を見せたラプラス。


(まぁ良いのだが・・・)


 ただ、ラプラスに狩って貰ったとして、其れで大魔導辞典が今迄と同じ反応を見せるのか?

 其処が確信出来ない以上、其の手は悪手と言わざるを得なかった。


「それは断ろう」

「き、貴様に言っておらんわっ‼︎」

「そうかい・・・」

「ふんっ」


 いじけた様にそっぽ向いたラプラス。

 然し、俺が断ったという事はアナスタシアも求めないという事なので、それ以上グロームの件には触れなかった。


「でも、ラプラスと互角って言っていたから、もう少し何とかなると思っていたが」

「くく、愚かな」

「・・・」

「どうせ貴様の事だから、以前の闘いで我に通用したとでも思っているのだろう」

「いや、そんな事は・・・」

「くくく、良い」

「・・・」

「その結果が今回の体たらくだ」

「・・・っ」

「くくく」


 ラプラスとの以前の闘い。

 その決着は仲間達を人質に取られた事による、降伏で決着したものだと思っていた。


(ただ、此奴の口振りはあの時は本気では無かったと言いたげだな・・・)


 出会った頃の此奴は基本的に大口を叩く印象だったが、闇の神龍チマーの話なども有り、此の態度も嘘では無いと感じた。


(現実問題、今回は俺がグロームとの力の差を見誤った結果だったのだ・・・)


「そういえば、他の神龍の情報は本当に何も知らないのか?」

「くく、そうだな」

「う〜ん・・・」

「ただ、貴様が狙うなら次はリョートとアゴーニだろうな」

「ん?何故だ?」

「探し易さの問題だ」

「探し易い?」

「くくく、ヴェーチルは以前も話した通り捉えるのはかなり困難だし、ヴァダーも貴様に見つけられる程間の抜けた奴では無い」

「・・・」


 かなりキツイ言い方だったが、ヒントになる様な事を伝えて来たラプラス。

 まぁ、火の神龍には有効と言える水の魔法も有るし、氷の神龍に対しても執行人による紅蓮の裁きが有る為、標的としては確かに間違っては無いと思った。


「其れに、奴等は番いの神龍だからな」

「え・・・?」

「くく、言ってなかったか?」

「・・・」

「くくく」


 実に態とらしく笑ったラプラス。

 1匹ずつならともかく、番いというなら話は別だった。


「1匹ずつなら大した事は無いが、2匹揃えば最強の矛と盾。其れが奴等の最大の特徴だからな」

「そうかぁ・・・」

「くくく、まあそれでもグロームよりは与し易いがな」


 ラプラスの口調には、自身なら何の問題も無く狩れるという自信が溢れていたのだった。

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