第320話
「どうだ、司?」
翌日、目の塞がれていた俺に代わり、ブラートは包帯を外してくれた。
「はい・・・、見えます」
「そうか、良かったな」
「・・・ありがとうございます」
閉ざされていた視界が復活すると、其処には古風な和の空間が広がっていたのだった。
「此処は・・・」
「どうだ、懐かしいか?」
「え・・・、えええ?」
「ふっ。なんだ、反応が良く無いな?」
返答に困った俺にブラートはニヒルな笑みを浮かべていたが、俺が日本に居た時に住んでいたアパートも実家もこんなに古臭い家ではなかった。
(若干じっちゃんとばっちゃんの家には近いが・・・)
「司様の住んでいた家とは似てないのですか?」
「あぁ、ルーナ」
「そうですか・・・、残念です」
言葉通りに少し寂しそうにしているルーナ。
ゲンサイ曰く最近は召喚者の入国が無いとの事だから、情報が過去で止まっているのだろう。
「少しだけ、俺の祖父の家には似てるがな」
「そうなんですか」
「あぁ。ただ、此処の人達は過去に召喚された日本人だから、今はもっと近代的な家屋になっているんだ」
「なるほど。そうなんですね」
ただ、そうは言っても此の空間も魔石による空調の制御などは行われている様で、昨日の夜も特段の寝苦しさなどは無かったが・・・。
(人間の欲求っていうのは、皆行き着く先は同じ様なものなのかもなぁ)
「それで、これからどうする?」
「ブラートさん?」
「グロームの事だ」
「・・・っ」
ブラートから出て来たのは、正直考え無い様にしていたグロームの事。
(まともに視認出来ない攻撃を放つ相手となんて、正直どう闘えば良いのかなんて・・・)
当然の事だが策など思いつかないのだった。
「正直、手が有りません」
「ふっ、そうだな」
「・・・」
「仕方ない事だ。目で追えない攻撃を避ける為には経験しか無いが、アレは経験を積み重ねるのは危険過ぎる」
「賭けるものは・・・、命ですからね」
「ふっ、ああ」
俺の言葉に頷き同調してくるだけのブラート。
(多分、ブラートが何か手が浮かんでいるなら教えてくれるだろう・・・)
俺は積み重ねて来た関係性から、その自信を持てていた。
「なら・・・」
「えぇ、とりあえずは諦めます」
「とりあえずは・・・、か」
「はい」
「ふっ、其れが良いだろうな」
「・・・」
此処迄来たのだから、正直グロームを狩っておきたいが、幸いにも同行者は気心知れた3人だし、胸の内に納めておいて貰えれば良かった。
「そういう事ならやっておくべき事は・・・」
「えぇ、此の国の国王様に陛下からの親書を渡す事と転移の護符のセットの許可を得る事です」
「そうだな・・・、ん?」
俺とブラートが今後の予定を確認していると、部屋のドアがノックされた。
「司様っ、もう良いのですか?」
「あぁ、心配掛けたな、アナスタシア」
「いえ、回復されたなら良かったです・・・」
ノックの主は買い出しに出ていたアナスタシアで、俺の様子を見ると安堵の表情を浮かべていた。
その後俺達はアナスタシアの買って来てくれた朝食を済ませ、ゲンサイの家へと向かおうと宿の入り口へと来た。
「・・・ふぅ〜」
「司様」
「ルーナ・・・」
ブラートとアナスタシアから聞いた話では、屋外に出ればすぐにグロームは空に見えるらしく、俺が緊張感から深く深呼吸をすると、隣に居たルーナは少し痛い位の強さで俺の手を握り締めて来た。
「大丈夫ですっ。司様は必ずルーナが守ってみせますっ‼︎」
「あぁ、ありがとう。だけど、決して無謀な事はしないでくれ」
「・・・はい」
力強く宣言してくれたルーナだったが、グロームは結局俺に留めを刺さなかった。
(まぁ、俺を仕留めたと思った可能性も有るが・・・)
ただ、そうだとしても他の仲間達が外出しても手出しはしなかったし、此方が余計な敵意を見せなければ相手から向かって来る事は無いと思われた。
(まぁ、それも動かない事には分からないが・・・)
「・・・良しっ、行こう」
「はいっ」
こうして俺達一行は宿の扉を開け、外へと踏み出した・・・。
「空に・・・」
時間を掛けても仕方ない、そう思い俺は最初の一歩と同時に空に視線を向けた・・・、刹那。
「・・・っ⁈」
視界が再びホワイトアウトする感覚に、俺は身を固めたが・・・。
「な・・・、に?」
其れは雷撃により落ちた訳では無く、空に浮かぶ眩いばかりに光輝く存在に、目が眩んだ事によるものだった。
「・・・」
魂が抜けたかの様に、絶句し呆然と立ち尽くしてしまった俺。
「司様っ」
「あ・・・。あぁぁ」
「大丈夫ですか⁈」
「あぁ、大丈夫だ」
ルーナの呼び掛けにも何とかという感じでしか応えられず、襟足を引かれた様にだらし無く視線は空に向けたままだった。
(此奴は・・・、全身此れ雷とでも言うべきか・・・)
視線の先のグロームは其の和風の龍の体躯に雷を纏い、其の異様ながらも神々しい姿は俺の視線を奪ったのだった。
(敵わない・・・)
宿の中ではブラートとあんな話をした俺だったが、あわよくば・・・。
そう思い最初の一歩と同時に、首元の剣に手を添え様と思ったが、グロームの威圧感に動けなくなった事に感謝した。
(其れをしていたら今度こそ・・・)
空を漂うグロームは特段の反応を見せなかったが、其の威風堂々とした姿からは・・・。
(武器を手にしたら殺す・・・、いや、自身の気が向いたらいつでも殺すってか)
「・・・っ」
俺は首の疲れに視線を地面に落とすと、頰を冷や汗が伝った。
「・・・グルゥゥゥ」
俺が視線を外した事に反応するかの様に、鼻を鳴らしたグローム。
俺が緊張感を増し、視線を空に戻すと・・・。
「・・・っ⁈」
其処には浮かんでいたグロームの表情からは、勝者の絶対的な余裕が感じられた。
(今は良いさっ・・・)
俺は必ず此奴を仕留めに戻る、そう心の奥に黒い誓いを立てたのだった。
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