第286話


「でも、楽しみだわ」

「そんなもんかい?」

「勿論よ」

「・・・」


 俺がこれ迄の事を思い返している間も、アンジュは皆と会話を続けていた様だ。

 アンジュは子供の誕生が待ち切れないらしく、時よりお腹を優しく撫でながらも、興奮抑え切れない様子でバタバタと動き回っていた。


「ちょっとは大人しくしてなっ」

「大丈夫よ、シエンヌ」

「良いんだよ。何より食器には限りが有るんだよっ」

「もお〜」


 シエンヌは食器を洗い場に運ぶアンジュを座らせ、食卓の片付けを始めた。


「あ、私が・・・」

「ふんっ、必要無いよ」

「は、はぁ・・・」

「気にするな、司。此れで意外に家庭的な女だからな」

「そうだな」

「あん?余計な事言ってんじゃ無いよ、ブラート?フォール?」

「ふっ」

「ふふ」

「・・・」


 軽口を並べるブラートとフォールだったが、確かに食卓に並んでいた食事の味を見ると、あれをアンジュに教えたシエンヌの料理の腕がかなりのものなのは分かった。


「司、今日はどうする?泊まっていく?」

「・・・いや、帰ろうかと思っている」

「そう・・・」

「すまないな」

「ううん、良いのよっ」


 実は明日には顔を出さないといけない所が有るし、ローズは屋敷の執務室で夜遅く迄領主としての仕事も行なっているので、せめてその間は子供達の面倒をみたかった。


「あんっ?アンタねえ・・・」

「良いのよ、シエンヌ」

「・・・」

「申し訳ありません」

「・・・ちっ」


 俺の発言を聞き、片付けを行なっていたシエンヌは不機嫌になったが、アンジュが其れを抑えた。


「ふっふっふっ」

「アンジュ?」

「またのご来訪をお待ちしてるわっ」

「あ、あぁ・・・」

「ふっ」


 アンジュのノリがどういうものかはよく分からなかったが、ブラートには好評らしかった。


(まぁ、ご機嫌で何よりだが・・・)


 そうして、その日の夜は屋敷で子供達と過ごし、翌早朝に凪の魔力消費の日課を終え、俺はドワーフの国クズネーツへと向かった。


「司様っ」

「ルーナ、待たせたな」

「いえ、ありがとうございますっ」

「おっ・・・、と」


 転移の護符でクズネーツへと降り立った俺。

 護符をセットした場所で俺の到着を待って居たルーナは、胸の中へと飛び込んで来た。


「ふふ、司様です」

「・・・お、おぉ」


 鼻腔を擽ぐる独特な甘い香り。


(此れは・・・、フェルトの香り?)


「どうですか?司様?」

「え⁈あ、あぁ・・・」

「マスターから手を施して頂いたのですけど?」

「ん・・・、あぁ、驚いたよ」

「ふふ」


 どうやら、フェルトの仕業らしいのだが、香水なのだろうか?


「あっ・・・、んん」

「う・・・、ん」


 ただ、其れは俺を惹きつけて来て、俺はルーナの腰に回した腕に力を込め、其の香りに唇から吸い付いたのだった。


「・・・行くか、ルーナ?」

「ええ、此方です」


 俺はルーナの唇に重ねていた自身の其れを離し、ルーナに案内されフェルトの作業現場へと向かった。


「あら、着いたの?」

「あぁ。意外と早いんだな?」

「ふふ、低血圧だからキツイのだけどね」


 言葉通りに気怠そうにゼムリャーの遺体の有る現場で、作業員達へと指示を出すフェルト。

 フェルトの目的の物で有るゼムリャーの血管は、順調に摘出されいる様だった。


「でも、スヴュートの物では駄目なのか?」

「ふふ、個体差が有るかもしれないでしょ?」

「あぁ・・・。まぁ、そうだな」

「其れに、ルーナの機能強化もしたいのよ」

「「え?」」


 フェルトの発言に同時に驚きの声を上げた、俺とルーナ。


「ルーナ?」

「司様?」

「ふふふ、仲良しさんね?」


 どうやら、ルーナも話を聞いていなかったらしく、俺達は顔を見合わせて、その様子を見てフェルトは面白そうに微笑んだ。


「マスター、本当ですか?」

「ええ、ルーナ。私の為に頑張ってね?」

「マスター・・・、勿論ですっ」

「ふふふ、良い子ね」


 フェルトがルーナを作った目的は、自身に移植する人工魔流脈を開発する為だし、その為に研究開発を進めるは当然だろう。


(フェルトはアナスタシアの物では、まだ満足してないのか・・・)


「ふふ」

「どうした?」

「大丈夫よ?より良い物が出来れば、アナスタシアにも移植してあげるわよ」

「あ、あぁ・・・」


 俺は別にアナスタシアに施した手術の心配をしていた訳では無いのだが、フェルトは珍しく微妙な勘違いをしたらしかった。


(ただ、フェルトがまだ上質な人工魔流脈を求めるのは、ザックシールに伝わる魔法が関係有るのだろうか?)


「・・・」

「ふふ、どうしたの?」

「いや、何でも無いよ?」

「そう?ふふふ」


 俺は其れが聞きたかったが、家の話をしようとした時のフェルトの反応を思い出し、其れを聞く事は出来ないのだった。

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