第285話


 その後はまだ不満の残っていたアンジュの両親をエヴェックが封じ、アンジュは簡単に荷物を纏め家を出る準備を始めたのだった。


「然し、本当にどうしたものかの?」

「・・・」

「エヴェック様」

「ん?どうした、ケンイチ殿?」

「先ずは陛下に報告に行こうかと思います」

「・・・なるほど、其れが肝要かの」

「おいっ」

「はい」

「アンジュ嬢が準備をしている間に、俺達で陛下に報告に行くぞ」

「はい、分かりました」


 こうして城へと出発した俺とケンイチ。

 国王はケンイチからの謁見の申し入れに、直ぐに応えてくれたのだった。


「おお、今日はケンイチに司迄同行とは、ふふふ」

「・・・」


 俺とケンイチの登場に、本当に嬉しそうな表情を浮かべた国王。

 そんな反応に、此れから報告する内容を思うと、俺はかなり申し訳ない気持ちになってしまった。


「それで、今日は何かな?」

「はっ、陛下。実は・・・」


 ケンイチから俺とアンジュの件の報告を受けた国王。


「・・・ふむ」

「誠に申し訳ありません」

「申し訳ありません」

「・・・」


 俺とケンイチの謝罪に、一瞬無言になった国王は然し・・・、次の瞬間。


「ふ・・・」

「・・・?」

「ふふ、ふははは」

「・・・っ⁈」

「いや、すまん。然しそうか、其れは困ったものだな」

「はっ。本当に申し訳ありません」

「申し訳ありません」

「もう良い。色々と複雑な施しは必要だが、お主らの謝罪を貰っても、生まれてくる子の未来の益にはならん」

「はっ」

「う〜む・・・」


 腕を組み深く瞑想しながら考え込む国王。

 永遠にも感じた無言の時を終え、俺とケンイチへと視線を戻した国王。


「アンジュはリリーギヤを捨て、其れをエヴェックは確かに許可をしたのだな?」

「はっ」

「其れなら先ずは、子の為に家を一つ作る必要があるな。・・・良しっ、司よ」

「ははあ〜」

「お主を此のサンクテュエールの貴族としよう」

「え?」

「ふふ、当然であろう?此の国では平民が側室を持つ事は、許されていないのだから」

「それはぁ・・・」

「うむ。当然、そんな事は許される事では無い。だが、平民に側室を持つ事を許すと、今後問題が続いて行く事になる」

「・・・」

「まあ、儂に任せておけ」

「は、ははあ〜」


 国王はトンデモ無い事を言い出したが、俺は現状まな板の鯉の状況で、ただただ頭を下げる事しか出来なかった。


「ケンイチよ?」

「はっ」

「リアタフテの事はお主が纏めてやれ」

「・・・はっ、仰せのままに」

「うむ、任せたぞ」


 こうして、俺とケンイチは国王への報告を終えたのだった。


(結局、俺は一代貴族となり、家名は真田家になったんだよなぁ・・・)


 その後、国王は特例法により、俺とアンジュ婚姻を書類上で結び、アンジュと生まれて来る子の為に、真田家を作ってくれ、アンジュはサンクテュエール国民のままでいられる事になった。


「・・・ふむ」

「申し訳ありませんっ、お父様‼︎」

「本当に申し訳ありません」

「・・・」


 転移の護符でリアタフテ家屋敷に戻った俺とケンイチ。

 一家全員とアナスタシアの集まった執務室で、俺達2人は再び土下座をしていた。


「あらあら、ふふふ」

「こら、メール」

「あら?どうして、アナタ?」

「どうしてって・・・」

「アナタに司君を叱る資格は無いじゃない?だって・・・」

「こ、こほんっ」

「あらぁ、お父様もぉ、そう言えばぁ・・・」

「分かったっ。分かったよ、2人共・・・。まあ、私はもう引退した身だ。家の事は現領主が判断すべきさ」

「「ふふふ」」

「全く・・・、ふぅ〜」


 腕を組み、真面目に考え込む様な姿勢で俺達の謝罪を受けていたグランだったが、メールとリールは何やら言いたい事があるらしく、グランは其れを遮る為に此の件から手を引いてしまった。


「・・・」

「ローズ・・・」


 ローズは、以前迄はリールが座っていた座椅子に腰を下ろして、無言のままだった。


「申し訳ありませんっ、お嬢様っ」

「アナスタシア、な・・・」

「あの旅には私が付いていたのに、此の様な事態になってしまい、誠に申し訳ありませんっ」


 執務室に集まって今迄一言も発せず話を聞いていたアナスタシア。

 然し、彼女は今回の件に関して、ローズに責任を感じたらしく、俺やケンイチと同じ様に、床に両手と膝をつき謝罪をしたのだった。


「ち、違うぞ、アナスタシア。悪いのは俺で」

「・・・下がりなさい、アナスタシア」

「ですがっ」

「アナスタシア」

「・・・はい」


 ただ、ローズはそんなアナスタシアの様子にも、静寂を纏い対応したのだった。


「司・・・」

「すまない、ローズ」

「・・・子供はいつ生まれるの?」

「6、7月位に」

「そう、何処で?」

「王都には居られないから、これからディシプルに居を構える許可を得に行く」

「資金は?」

「何とかなりそうだ」

「リアタフテは一切助けられないわよ?」

「当然だ」

「そう?なら、此の話は終わりよ」

「え?」

「言ったでしょ?此の話は終わり」


 事務的な質問だけして来て、話を終わらせて来たローズ。

 俺は唖然として短く聞き返したが、ローズは同じ台詞を続けるだけだった。


「でも、俺は・・・」

「何?」

「俺はローズを、子供達を裏切ったのに・・・」

「そう?とにかく、私、今忙しいから後にして・・・」

「あ、あぁ・・・」


 ローズからの会議の打ち切りの宣言に、其々散って行った一同。

 俺は魔法の使えないケンイチを王都に送り、アンジュの為の宿の準備し、再び屋敷に戻る頃には深夜になっていたのだった。


「戻ったの?」

「あぁ、ローズ」

「・・・」


 ローズは部屋で子供達を寝かしつけ、俺から背を向け、窓の外の夜空を眺めていた。


「すまない、ローズ」

「はあ〜・・・」

「・・・っ」

「流石に今回の件はショックだわ」

「ごめん・・・」

「今迄の・・・」

「え?」

「今迄の事は仕方ないと思っていたの」


 此方を振り向き、寂しそうな瞳で俺を見据えて来たローズ。


「私、司と出会う迄は、本当に男の人の事なんて何にも分からなかったわ」

「あ、あぁ・・・」

「お爺様は旅に出てたし、お父様も王都に居たしね?」

「あぁ」

「司と出会って初めて男の人と見つめあって、手を繋いで、キスもして、其れに・・・」

「其れに?」

「・・・っ、は、初恋も貰ったわっ」

「そ、そうかぁ・・・」


 頰を赤らめそんな事を語り出したローズ。

 俺はただただ相槌で応えながら、ローズと出会ってからの事を思い出していた。


「其れに・・・」

「ん?」

「初めて好きな人が他の女と笑い合ってるのを見て」

「・・・っ」

「初めて浮気を疑って」

「・・・」

「初めて浮気で子供を作られたわ」

「す、すまない、ローズ」

「不思議だわ。こんな苦しい思いをさせられるなら、司の事嫌いになれたら楽なのでしょうけど・・・」

「・・・」

「嫌いになれないし、前よりずっと私の事を好きになって欲しいと思ってるの」

「ローズ・・・」


 一瞬の瞬きで、ローズのルビーの瞳に光るものが見えた。


「司」

「あぁ、何だ?」

「私ね、あの娘には可哀想だけど、司と別れるつもりも、あの娘に譲ってあげるつもりも無いわよ?」

「ローズ・・・」

「此の先、何が有っても良いわ。でも、必ず私の所に帰って来て?」

「・・・」

「約束してっ‼︎」

「ローズ・・・。分かった、約束するよ」

「そう、なら・・・」


 ローズが瞳を閉じ、其の頰に雫を伝せ俺を待った。


「・・・んっ」

「・・・う、ん」


 ローズの唇に自身の其れを重ねると其の冷たさに、俺は部屋の暖房器具が動いていなかった事に、今頃気付かされたのだった。

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