第284話


 アンジュから告げられた事実。

 アンジュは俺以外の男と、一切の関係を持った事が無いとの事で、子供は間違いなく俺の子だという事だった。

 其処からは急転直下で話が進んで行き、俺はエヴェックに事実を告げ謝罪をしたのだが、彼も当然どう応えて良いか判断が付かず、アンジュの両親を呼び寄せ、王都に居たケンイチも呼び出したのだった。


「ケンイチ様」

「・・・」


 1時間と経たず、リリーギヤ家の屋敷玄関で待っていた俺の下へやって来たケンイチ。


「・・・」

「すいま・・・、ぐっ‼︎」


 そのケンイチは謝罪を口にしようとした俺の頰に、無言で握りしめた拳を振り抜いて来たのだった。


「・・・」

「・・・すいません」

「・・・子供達には」

「はい」

「責任は持て。颯と凪と・・・、生まれてくる子にもだ」

「・・・っ、はい」

「・・・行くぞ」


 そう言ってケンイチは此方に背を向け屋敷へと入り、アンジュの両親の待つ部屋の扉を開け、先陣を切って入室したのだった。

 室内にはアンジュの両親と、エヴェックが待って居た。

 アンジュの父親は落ち着いた様子の紳士だったが、その佇まいからは誠実で真面目そうな雰囲気が見て取れ、母親は俺の顔を見た瞬間に、明確な嫌悪感を表情で示して来た。


「・・・」

「此の度は息子が娘さんに大変な事を仕出かしまして、誠に申し訳ありません」

「すいませんでした」


 挨拶するより先に、床へと膝をつき土下座をしたケンイチ。

 俺はそれに倣う様に、続いたのだった。


「・・・ぐっ‼︎仕出かしたって何をしたのか、本当に分かっているのかっ‼︎」

「申し訳ありません」


 アンジュの父親の怒りに、俺はただただ謝罪をする事しか出来ないのだった。


「だが、実際どうしたものかな?」

「お父様っ、中絶させるに決まっているではありませんか‼︎」

「・・・っ」

「ふむ・・・、だがなあ」


 悩むエヴェックに対しアンジュの母親は、子供の中絶を決定事項とした。


「アンジュは子供さえ堕ろせば、まだやり直しが出来ますわ」

「・・・ふむ」

「そうです父上。その後、サンクテュエールから離し、ヴィエーラ教関係で嫁入り先を探しましょう」

「・・・う〜む」

「そんなの私は嫌よっ‼︎」

「・・・アンジュッ⁈」


 アンジュの居ない部屋の中で進んでいた此れからの話。

 其れを外から聞いていたのか、アンジュは勢いよくドアを開け部屋に乱入して来て、其れらに拒否を示したのだった。


「アンジュ、お前は出ていなさいっ」

「どうして?私の事よお父様っ」

「言う事を聞きなさいっ」

「嫌よ、お母様っ」

「アンジュ。貴女はそんな事だから、こんな色魔の様な男に騙されるのです‼︎」

「・・・っ‼︎取り消してっ、お母様‼︎」

「アンジュッ‼︎」

「落ち着きなさい、二人共」


 感情的になり言い合うアンジュと母親。

 エヴェックはそんな二人を宥めるのだった。


「アンジュ・・・」

「お爺様、悪いのは司じゃ無いわ」

「アンジュ。違う、悪いのは俺なんだ」

「やめてっ、司‼︎」

「・・・」

「お爺様、司を求めたのは私の方よ」

「アンジュ、じゃがな・・・」

「何でもかんでも男の責任なんて古臭い考え私は嫌よ?私、押し倒された訳でも、無理矢理された訳でも無いわ?司に責任を求めるなら、私にも等しく責任を求めて‼︎」

「ふむ・・・」

「お爺様。私、リリーギヤの名を捨てます」

「アンジュ‼︎馬鹿な事を言うんじゃない‼︎」

「そうよっ、アンジュッ‼︎」


 リリーギヤの名を捨てる。

 アンジュはお腹の子供の命を守る為、究極とも言える宣言をしたのだった。


「お爺様っ」

「・・・本気か?」

「ええ」

「彼に相談は?」

「してないわっ。万が一、司が私と子供を受け入れ無くても、私一人で子供は生み育てていくわ」

「・・・孫はこう言っている様だが?」

「いえ。アンジュも子供も必ず守り通してみせます」

「ふむ・・・。ケンイチ殿?」

「必ず果たさしてみせます」

「もし、叶わねば?」

「此の拳で息子を討ち、お孫さんと子供は私が守ります」

「・・・うむ」


 ケンイチの言葉に一瞬瞳を閉じ、考え込む仕草を見せたエヴェック。

 だが、瞳を開き俺とアンジュを見据えながら宣言したのだった。


「分かった。本日を持ちアンジュ、お前をリリーギヤ家より追放とする」

「お爺様っ」

「そんな、父上。お考え直し下さい‼︎」

「そうです、お父様‼︎」

「ならん‼︎」

「「・・・っ」」


 食い下がるアンジュの両親を、一喝の下に封じたエヴェック。

 其処には、その好々爺といった雰囲気から想像出来ない、威圧感が有った。


「たとえアンジュがお前達の娘であれ、家の事を決めるのは儂じゃ」

「お爺様、ありがとう」

「・・・勘違いするな、アンジュ。此の決定はお前の為にあらず。其の腹の中にいる子の為のものじゃ」

「はい、お爺様」

「・・・貴殿も其れを忘れるな?」

「はい、エヴェック様」

「・・・」


 俺とアンジュは二人で肩を並べ、エヴェックに向かい礼を述べるのだった。

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