第283話


「じゃあ、アタシ達はそろそろ戻るよ」

「あら?食べて行けば良いじゃない」

「あん?アンタのぎこちない手先を見てるんだから、ごめんだよ」

「なら、尚更じゃない?」

「あん?」

「責任持ってよ」

「・・・」

「ふっ、諦めろ頭」

「ブラートも付き合いなさい」

「ああ、ご相伴にあずかるとするかな」


 会話を聞いた感じでは、どうやら今日はシエンヌ指導の下、アンジュは料理をしていたらしかった。


(一緒に航海していた時は、アンジュをアナスタシアに任せた事を後悔する様な料理しか出て来なかったが・・・)


 ただ、アンジュは今日の料理には本当に自信が有るらしく、俺に外の警護をしているアルメ達と、城迄フォールを呼びに行く様に言って来た。


「さあ、召し上がれっ」

「あぁ、じゃあいただきます」

「ふっふっふっ」


 俺が城迄フォールを呼びに行き戻って来ると、丁度料理が完成していたのだった。

 晩御飯のメニューはシチューにサンドイッチ、白身魚のカルパッチョだった。


「・・・ふ〜ん」

「どう?シエンヌ?」

「まあまあだね」

「ええ〜、美味しいでしょっ?」

「ふんっ、まだまだだよ」

「うう・・・」


 味は船での食事を知っている俺にはかなりの進歩だったが、料理の師匠であるシエンヌからするとまだ未熟という評価だった。


「でも、美味しいよ」

「うむ、そうだな」

「ふっ、悪くない」

「ふっふっふっ、でしょ?」

「甘やかすんじゃないよっ、アンタ達は」

「もう、シエンヌったら・・・。司、どう?」

「あぁ、美味いよ」

「・・・そう?」

「ふんっ」


 アンジュの料理は客人にもどうやら概ね好評らしく、得意げな表情のアンジュだった。


「そういえば、今週は先生が来たんだよな?」

「ええ。順調だって」

「そうか・・・、良かった」

「心配性ね、司」


 1週間振りのアンジュとの再会。

 俺は今週の医師の検診の結果をアンジュに聞き、胸を撫で下ろしたのだった。


「ふむ、予定日は?」

「6月の終わりから7月の頭だって」

「ふっ、楽しみだな」

「そう?ブラートは年なんだから、出産位幾らでも経験してるんじゃない?」

「いや、旅が長いからな。こんな風に落ち着いて出産の場を迎えるのは初めてだ」

「へえ〜」

「でも、楽しみだね」

「そうね、何を習わせようかしら?」

「魔法じゃないの?」

「其れは勿論だけど、剣も良いわね。近くに良い先生も居るし、ねっ、フォール」

「ふむ、其れは楽しみだな」


 もう、ハッキリと目立つお腹を撫でながら、子供の将来に想いを馳せているアンジュ。

 アンジュは年明け直ぐからのディシプルでの生活にも慣れ、此処の者達とも上手くやっている様子だった。


「頼むわよ、司?」

「え?」

「私は出産は初めてなのだから」

「・・・」

「司が頼りなのよ?」

「あぁ・・・」


 俺はアンジュから送られて来た蒼い視線に、年明けからの激動の期間を思い返したのだった。


 去年の秋の初め、俺はゼムリャー討伐を終え、リアタフテ領に帰り、領主に就任したローズの手伝いと子供の世話、進級の為の補習に追われていた。

 その時期に丁度、ヴィエーラ教総本山からのルグーンの件の回答が来たのだった。

 その内容はルグーンは我が教の敬虔な信者であったが、ただ悲しい事に欲に目が眩み、犯罪に手を染めてしまった。

 今回の事件については、我々も遺憾で有り、然し、未来ある子供達が無事であった事は何よりである。


(・・・ふざけるなっ)


 当然だが、到底承服出来る内容では無かったが、相手側は以降、此の件に関しては一切回答しない事と、ルグーンの遺体の引き取りを主張して来た。

 国王は遺体の引き取りに関しては調査中を理由に突っぱねてくれたが、回答を求め続ける事については難しいとの事で、俺とローズは、其の時の忙しさと、揉めたところで相手側に謝罪や事件解明の意思は無い事は分かった為、これ以上の係争を諦める事にしたのだった。


 そうして、とりあえずの形で誘拐の件が片付いた為、アンジュはエヴェックから王都へと呼び戻されたのだった。

 アンジュは最初は抵抗していたが、王都の学院が休みに入れば、また遊びに来る事の許可を得ると、渋々帰って行ったのだった。


 其処から数ヶ月、アンジュからはよくどうという事も無い内容の手紙が届いていたが、俺は忙しさも有り、王都に顔を出す事は無く、やがてリアタフテ領では年越しの準備が始まったのだった。

 そんな時に王都から驚きの情報が届いたのだった・・・。


 其の内容は・・・、アンジュ懐妊。


 最初、話を聞いた時は、アンジュに彼氏が出来たのかと、驚きと一抹の寂しさがあったのだが、当然俺にそんな権利は無い訳で、アンジュの幸せを願ったのだった。

 こうして、年が明けたある日、王都のエヴェックからグランを通じて、俺に一つの依頼が来たのだった。


「アンジュにですか?」

「そうなのだ」

「どうしてでしょう?」

「実は懐妊の件だが、私生子らしい・・・」

「ええ⁈」

「エヴェック殿とは古くからの付き合いで、アンジュ嬢の信頼も厚い司君に、父親を聞き出して欲しいとの依頼なんだ」

「・・・はぁ」

「頼めるかな?」

「はい、勿論です」


 衝撃の事実だったが、グランから頼まれ、アンジュも知らない仲では無いし、俺は二つ返事で依頼を受けたのだった。


 そうしてやって来た王都のリリーギヤ家の屋敷。

 俺はアンジュの部屋の前に案内され、ドアをノックし、中のアンジュへと呼び掛けたのだった。


「アンジュ」

「え⁈司⁈」

「お、おぉ、あまり激しく動くなよ?」

「だ、大丈夫よっ。でも、何で?」


 声に応え、部屋から飛び出して来たアンジュ。

 俺が今回の来訪の理由を告げると、アンジュは部屋の中へと招き入れてくれた。


「座って」

「あぁ・・・」


 通された部屋はかなりカラフルでファンシーな感じで、アンジュの雰囲気にはピッタリだった。


「・・・」

「それで・・・」

「・・・っ」

「妊娠の件だが・・・」


 俺は変化球は使わず、直球で勝負する事にした。


(何だかんだで、アンジュは一本気で意外に真面目な性格だからなぁ)


「父親だが、誰なんだ?」

「・・・」

「アンジュ?」


 身を固めたまま、唇を噛んでいるアンジュ。

 正直なところ、此処でアンジュに父親の名を教えて貰っても、王都での交友関係については知らないので、多分誰の事かは分からないのだが・・・。


「司・・・」

「ん?」

「ごめんね」


 其の蒼い双眸に涙を溜めたアンジュ。

 結んでいた唇を解き、発して来たのは謝罪の言葉だった。


「・・・アンジュ。良いさ気にするなよ、知らない仲では無いのだし」

「そうじゃ無くて・・・」

「え・・・?」


 アンジュは謝罪を口にしながら、哀しい瞳で俺を見つめて告げて来た・・・。


「此の子ね・・・」

「・・・」

「司との子供なの」

「・・・っ⁈」


 俺は驚きで絶句し、直ぐには言葉を発する事が出来なかったのだった。

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