第243話


「ふぅ〜・・・」


 魔力回復薬を飲み干し一息吐いた俺。

 頰には長時間飛行の疲れと、既に高くなった陽の光による汗が伝っていた。


「良し、手早く行くか」


 俺は残り半日となった自由時間を有効に使う為、前方に見える関所へと急いだ。


「な、何も・・・」

「あぁ、すいません。実は・・・」


 凪の一件もほぼ落ち着き、最近は精神的安定した状態にあるローズから、1日外出の許可を得た俺は、フェルトから転移の護符を仕入れ、王都へと飛んで来ていた。

 関所の衛兵は俺が空から現れたのを見ていたのだろう、武器を構え俺へと寄って来たので、俺はリールから貰った紹介状と身分証明書を素早く提示したのだった。


「こ、これは、申し訳ありませんっ」

「いえ、此方こそお騒がせしました。すいませんが、急いでますので・・・」

「どうぞ、お通り下さいっ」


 紹介状を提示すると、謝罪をして来た衛兵。

 俺は限られた時間の有効活用の為、足早に城下町へと進ませて貰った。


「さて・・・と、どうするかなぁ」


 とりあえず、転移の護符はリアタフテ家屋敷の自室にセットしているのだが、王都にもセットしておきたかった。

 そうなると、問題は何処にセットするかだった。


(グリモワールに頼んでも良かったのだが・・・)


 グリモワールに借りを作る事は、俺個人としては問題は無かったが、検診の件で凪に強い関心を持ったらしく、この件で借りを作ると、凪の将来的な話で面倒な事にならないか、それが心配でとりあえず今日は依頼を控えておいた。


「ただなぁ・・・」


 俺は王都に知り合いと呼べる人物はそうは居ないし、バドーというのも考えたが、ケンイチにバレた場合、気兼ねなく護符を使いにくくなる事を考えたのだった。


(まぁ、ケンイチとは果たし合いの件もあり、苦手意識が強いからなぁ・・・)


 凪が生まれて、日々の中で自身へと見せてくれる愛らしさに、ケンイチの気持ちもほんの欠片程は理解出来る様になったが、それでも一方的な苦手意識を棄てる事は出来なかった。


「とりあえず、何処かで一服でもしながら・・・」


 そんな事を呟いた俺の足は、無意識のうちに身体を休める場所に向いていたらしい。

 行く手には王都城下町の外れにある喫茶店。

 以前、ミニョンとフレーシュの父であるデュックに連れて来られた店だった。


「丁度良いか」


 魔力回復薬はいくら飲んでも、失った魔力を癒すだけで、汗で失った水分を補給する効果は無いのだった。

 俺は此処で喉の渇きを癒す事にした。


「いらっしゃいませ」

「すいません、1人で」

「はい、かしこまりました。こちらへ」


 ウエイターに案内された先は、先客の座っていたカウンター席。


(ん・・・?)


 漂って来たのは、此処が室内である事を忘れさせる、豊かな大地の香り。


(ふっ・・・)


 俺は自身の内面に釣り合わない感想に、自嘲気味に笑ったのだった。


(ほぉ・・・)


 先客は落ち着いた雰囲気の店内に良く似合う、上品そうな後ろ姿の紳士だった。


「失礼します」

「ええ。どうぞ・・・、ん?」

「あ・・・」


 俺が紳士へと一声掛け、席に着こうとすると・・・。


「司君」

「デュック様、お久しぶりです」

「ああ、本当に久しぶりだね」


 其処に居たのは、俺にこの店を教えてくれた張本人である、デュックだった。


「あれ?陛下から何か・・・?」

「いえ、今日は特段の勅命では無く、普通に外出でして」

「リアタフテ領から・・・?」

「えぇ、それは・・・」


 状況に驚くデュックへと魔法の説明をする俺。


「・・・は、はは」


 デュックは理解を超えた魔法だったのか、一瞬絶句し、乾いた笑いをもらすのがやっとの様子だったが、すぐに表情を落ち着けた。


「では、空の散歩といったところかな?」

「えぇ」


 そんな雅なものでは無かったが、店の雰囲気に引っ張られる様に、軽く同意した。


「そうかい。・・・そういえば、司君?」

「はい?」

「ミニョンと・・・その、フレーシュは最近どうかな?」

「・・・そ、そうでした」

「え?」

「実は・・・」


 先日のディシプルの件もあり、答え辛そうに言葉に詰まってしまった俺に、デュックは一瞬肩をビクッと反応させた。


「そうだったのかい・・・」

「すいません、デュック様」

「いや、司君の所為では無いよ」

「はぁ、然し・・・」

「いや、本当に」

「・・・」

「そんなに気にしないでおくれ。フレーシュも覚悟の上だろうし、彼女も将来を見据えなければいけない時期だしね」

「ありがとうございます」


 俺の伝えた内容に、デュックは驚きこそみせたが、怒りなどの不満の態度はみせず、落ち着いた様子で恐縮する俺を気に掛けてくれたのだった。


「でも、司君の話を聞いて合点がいったよ」

「え?合点ですか?」

「ああ、実は本日陛下から呼び出しを受けててね」

「陛下から?」


 デュックは今回の件を今聞いたとの事で、既に国王から知らされていたと思っていた俺は、一瞬自身のミスに固まってしまった。


「はは、大丈夫だよ?」

「え⁈」

「当然、司君から話を聞いた事は言わないさ」

「あ、ありがとうございます」

「はは、そもそも気にする事ないのに」

「はぁ・・・」

「陛下が口止めしなかったという事は、司君から漏れる相手なら、陛下は情報が漏れても問題無いと判断してるのさ」

「そうですか」


 俺より国王との付き合いの長いデュックがこう言うという事は、本当に大丈夫なのだろう。

 俺は香りに誘われる様に注文していた、小さなエスプレッソカップに口をつけ、胸を撫で下ろしたのだった。

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