第201話


「あ・・・、あっ」

「おぉ〜、今、凪がパパって呼んだぞっ‼︎」

「・・・もう〜」

「あ、あ・・・」

「おっ、またかぁ〜」

「ふふ、司ったら」

「いやぁ〜、最近ローズにばかり育児を任せてるのに申し訳ないなぁ」

「・・・」

「・・・っ」


(不味かったかなぁ・・・)


 アンジュ護衛の任務の空き時間。

 俺は屋敷にローズと子供達に会いに戻っていた。

 そのタイミングで初めて俺の事をパパと呼んだ凪。

 然し・・・。


「・・・」

「・・・」


 俺の謝罪を受け凍りついた様に俺とローズは固まり、2人の間に凍える空気が流れていた。

 やっぱり不味いよな、ローズに俺が不在にしがちなのを意識させるなんて・・・。

 俺は自身の不用意な発言を、数秒前に戻って取り消したかった。


「ローズ・・・、そのぉ」

「・・・良いのよ、司」

「えっ⁈」

「お母様だって、お父様に子育てを任せたりしなかったのだし、子育ては私の仕事よ」

「あ・・・、でも」

「良いの。・・・それよりも、颯も抱っこしてあげて」

「あ、あぁ」


 ローズの精神状態も少し落ち着き始めているのか、ローズは冷静な対応で颯を此方に連れて来た。


「ああ、あ〜あ」

「おっ?」

「あ〜あっ」


 凪は何かを予感したのか、俺のシャツを掴んで見上げて、何かを訴えて来た。


「どうしのかなぁ、凪ちゃん?」

「あ〜あっ」

「そうか、そうかぁ。パパとはなれたくないかぁ?」

「ああ」

「うんうん、パパもそうでちゅよ〜」

「・・・司」

「ん?」

「流石に、まだちゃんとは見えないわよ」

「いやいや」

「・・・はぁ〜」


 仕方なさそうな表情で溜息を吐きながらも、ローズは何処か楽しそうに颯と凪を交換して来たのだった。


「よしよし、颯〜」

「・・・」

「んんん、今日も大人しいなぁ、颯」

「・・・こっ」

「うんうん、パパだよ」


 先程迄、俺の腕の中で必死に此方に呼び掛け来た凪に対して、颯は実に大人しく、一瞬短く息を吐き出しただけだった。


「夜泣きは凄いのよね〜」

「そうかぁ、颯〜、寂しかったのか?」

「・・・んっ」

「そうかそうか」

「夜泣きでもしてくれた方が、心配しなくて良いのよね」

「そうだな。あまり大人し過ぎるのもな」

「ねえ」


 リールには赤ちゃんは良く寝るのが仕事だと言われたが、ローズは夜泣きも颯からの反応として、楽しんでいる様だった。


「いっぱい泣いて、いっぱい眠って大きくなって貰わないと、颯はリアタフテ家の将来の跡取りなのだから」

「そうだなぁ・・・」

「サンクテュエールで1番の魔導士の司の子供だもの、きっと将来は強くて頼もしい当主になってくれるわっ」

「う、うん・・・」

「・・・あ〜」

「あら?ふふ、颯が返事したわね?」

「あぁ、そうだな」


 ローズから掛けられる期待に応える様に、タイミング良く反応を示した颯。

 俺はローズの機嫌が良くなるのを見て、颯の頭を軽く撫でるのだった。


 翌日、俺は学院に訪問をするアンジュの護衛の任務をこなしていた。


「ふう〜ん、良い感じじゃない?」

「そうか?」

「ええ、王都の学院みたいに堅苦しくないし」

「王都の学院ってやっぱり厳しいのか?」


 学院の廊下を行きながら、納得した様子のアンジュ。

 俺からの疑問に一瞬で、その整った顔を顰めた。


「ううう・・・、思い出させないでよ」

「いや、話を振って来たのは、其方の方だろ」

「あああーーー、聞こえないっ」

「・・・はぁ〜」

「ふっふっふっ」


 溜息を落とす俺の様子に、顰めていた顔に不敵な笑みを取り戻したアンジュ。

 何とも嗜虐的な事で・・・。


「あれ、司様っ」

「ん?あぁ、フレーシュ」

「今日も学院に顔を出してくれたんですねっ」

「いや、今日は・・・」


 俺とアンジュが廊下を歩いていると、背後からフレーシュが駆けて来た。


(可愛いよな・・・)


 アンジュの不敵な笑みを見た後だろうか、弾む様に此方に駆けて来たフレーシュの弾ける笑顔に、大人びた彼女に失礼になるかもしれない感想を抱いたのだった。


「あら、フレーシュじゃない?」

「・・・えっ、アンジュ?どうして?」

「どうしても何も、ペルダンにも私の訪問は報告してる筈よ」

「それはそうなのだけれど、そうではなくて・・・」


 アンジュとフレーシュ、2人は知り合いなのだろう。

 まぁ、フレーシュはミニョンと共にスタージュ学院入学迄、王都で暮らしていたのだから、不思議な事ではないだろう。


「・・・」

「ん?あぁ、俺の任務はアンジュの案内と護衛役なんだ」

「そうだったのですか・・・」

「ふっふっふっ」

「・・・む」


 俺へと不可解な表情を向けて来たフレーシュに理由を説明すると、彼女は少し寂しいそうな表情を浮かべ、アンジュは何故か得意げな様子だった。


「そういえば、ミニョンはどうしたのよ?」

「さあ?知らないわよ?」

「・・・ホント?昔はフレーシュの後を金魚の糞みたいにくっ付いていたじゃない?」

「何時の話よっ。それに何より余計なお世話よっ」

「ふっふっふっ」

「・・・っ」


 多分、今日もミニョンは補習なのだろう。

 自身の仕えるミニョンの不名誉を隠そうとするフレーシュに、アンジュは無駄な野生の勘的なものを働かせ、ツッコんでいた。


「2人は小さい頃からの知り合いなんだなっ⁈」

「え、ええ、そうです。残念ながら」

「失礼ねっ、どこが残念なのよっ」

「全てよっ」

「ぐぐぐ・・・」

「そ、そうかぁ・・・」


 俺は徐々に野次馬が集まる廊下でこれ以上揉めさせる訳にもいかず、2人を連れてそそくさと廊下を進んで行くのだった。

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