第172話


「・・・う、ううん」

「・・・」

「?あ、れ・・・」

「ふふ、起きた?」

「ローズ?」

「ええ。おはよう、司」

「おはよう・・・。悪い、寝てたか?」

「ふふ、大丈夫。まだ夕方だから」

「そうか・・・」


 昼にローズが出産を終え、少しの間屋敷の人間の祝いが続いた後、皆が気を遣い、部屋は俺とローズと赤ん坊達だけになっていた。


(いつの間にに寝ていたんだな)


 俺はローズへの感謝からあの後再び泣いてしまい、そのまま寝落ちしていたらしかった。

 時間にして1時間程だろうか?

 ・・・然し、その目覚めはかなり心地の良いものだった。


「・・・本当にありがとう、ローズ」

「え?ふふ、もう十分お礼は聞いたわよ?」

「あぁ・・・。でも、ありがとう」

「・・・ふふ、どういたしまして」


 ローズは子供にする様な様子で、何度目か分からない俺の礼に応えた。


(何度伝えても伝え足りないんだよな・・・)


 日本にいる時は結婚はおろか、彼女ですら一度もいた事が無かった俺に、子供を産んでくれたのだ。

 そんなローズに対し俺は何度も礼を言う事でしか、感謝の大きさを伝える事が出来なかった。


「静かだな・・・」

「そうね、子供達本当に泣かないのよ」

「そうなのか?」

「ええ、弟は産声を上げて少しの間泣いていたのだけど、お姉ちゃんは産声だけよ」


 俺が寝ている間も、泣き声で起こされたりしなかった事からも、赤ん坊達が泣かなかった事は分かるのだが・・・。

 実際問題、俺も初めての経験でどうなのだろうか・・・?


「先生は何て?」

「個性だろうって」

「そうか・・・。なら大丈夫だろう」

「そうよね・・・。ただ・・・」

「ん?」

「やっと会えたのだから、どうせならもっとグズって欲しいわ」

「そういう物か?」

「そうよっ」

「う〜ん、なるほどなぁ」


 ローズからそんな風に言われ、少し首を捻った俺だったが、確かにローズの不満も少し分かる様な気もした。


「でも、これからが色々有るんだろうなぁ」

「そうよね、毎日ね」

「でも・・・」

「ええ・・・」

「楽しみだな」「楽しみよね」

「ははは」

「ふふふ」


 そう言って笑い合う俺とローズ。

 俺もローズも下に弟や妹は居ない為、子供達は兄弟姉妹では無いが、この子達との生活が楽しみで仕方なかった。


「・・・ん?」

「誰かしら?」


 俺とローズが笑い合っていると、部屋のドアより規則正しくノックの音が聞こえて来た。


「どちら様ですか?・・・ルグーン殿?」


 俺がドアを開けると其処には、ヴィエーラ教のルグーンが立っていた。


「これは真田様。この度はお世継ぎの誕生、誠におめでとうございます」

「えぇ、ありがとうございます」

「一家団欒の時間でしたでしょう。申し訳ありません」

「いえ、とんでもない」

「出来ましたらお世継ぎ様、姉君様に祝福の祈りを捧げたく参上したのですが?」

「そうですか、ありがとうございます」


 言葉通りルグーンは最近大森林捜査の為、作業着の様な服装をしていたが、今日は司祭服に袖を通していた。

 俺はルグーンに感謝し、部屋の中へと案内した。


「あら、ルグーン殿」

「これはローズ様。この度は誠におめでとうございます」

「ええ。今日はもしかして?」

「はい。祝福の祈りを捧げに参りました」

「ありがとう」

「いえ、ローズ様は勿論、今や真田様も此のサンクテュエールでは知らぬ者の居ない魔導士。そのお二人のお子様に誕生の祈りを捧げられるなど、現在此の国でこれ程名誉な事は無いでしょう。私は此の刻の巡り合わせに感謝します」

「ふふ、夫への賛辞感謝します」

「はは。では失礼します」

「ええ、お願いします」


 そうしてルグーンは子供達の前に行き、膝をつき祈りを捧げ始めた。


(作法が良く分からないが・・・)


 ルグーンが祈り始めると、ローズはベッドの上で手を組み瞳を閉じたので、俺も其れに倣った。

 数分程だろう。

 ルグーンは祈りを終え、俺とローズの方へやって来た。


「ありがとうございました」

「いえ、一家に幸あらん事を・・・」

「・・・」

「そういえば・・・。此れは私からの個人的なお祝いの品です。お納め下さい」

「ありがとうございます。ルグーン殿」


 ルグーンは祝いと言い、アイテムポーチから酒を一本取り出した。


「此れは・・・、お酒ですか」

「ええ、王都では今、蒸留酒をソーダ水で割ったカクテルが流行っていまして」

「ハイボール、ですか?」

「ええ、よくご存知で」

「司、頂いたら?」

「あぁ、ローズは?」

「私は授乳が有るから」

「そうか・・・」

「そう思いまして、お茶の葉も用意しておきました」

「あら、ありがとう。頂くわ」

「ええ、では準備を・・・」


 そう言ってルグーンはローズの部屋に有るコップに酒を注ぎ、ティーポットにお茶を淹れた。

 そうしてルグーンは俺と自身の酒とローズのお茶を準備し、渡してきた。


「それでは、お子様の誕生に」

「ええ」

「はい、乾杯」


 乾杯の後、コップを空けるとルグーンは席を辞して下階へと向かった。


「ふぅ〜・・・」

「司、疲れているんじゃ無いの?」

「そうなのかな?俺は何もしてないのにな」

「そんな事無いわ。司が側に居てくれるだけで、私は心強いから」

「・・・ローズ、ありがとう」

「ふふ。・・・でも私も少し疲れたみたい」

「そうか、なら休むか?」

「ええ、そうね。お父様も何時に着くか分からないし、子供達も夜にはどんな感じか分からないから、司も部屋で休んで来て」

「分かった。じゃあ、また後で」

「ええ・・・、おやすみなさい」


 そうして俺は部屋に戻り、一直線でベッドへと向かった。


(本当にどうしたんだろうな・・・)


 何もしてないとはいえ、父親になるのも初めての経験か・・・。

 そんな事を思いながら、重くなった瞼を其れに逆らわず閉じるのだった。


「つか・・・ま」

「・・・」

「お・・・て・・・さいっ」

「ん、ん・・・?」

「司様っ、起きて下さいっ‼︎」

「・・・っ⁈ルーナ‼︎どうしたんだ⁈」


 時間はどの位経ったのだろうか?

 俺は激しく左肩を揺すられるのを感じ起きると、目の前に初めて見る程、血相を変えたルーナの顔があった。


「どうした?ルーナッ‼︎」

「私の事は良いのですっ‼︎」

「良いってそんな事・・・」

「良いんですっ‼︎」

「・・・っ」

「すいません司様・・・」

「・・・い、いや」


 ルーナを見ると其の服は所々破れ、其の足下には彼女の得物である銃が落ちていた。

 そして何より・・・。


「其の腕は・・・、本当にどうしたんだ?」

「すいません、やられました」

「・・・っ」


 やられました。

 簡潔に告げてきたルーナは、純白の肌を持つ左腕を失っていた。


「誰にだ⁈」

「すいません、敵の確認は出来ていません。それよりもっ‼︎」

「・・・?」

「すいません司様・・・」

「どうしたんだ?ルーナ・・・?」


 言い辛そうなルーナの表情に、最悪の予感が頭を過る。

 俺は其の言葉だけは告げないでくれと神へ祈った。


「すいません司様。・・・お子様達を攫われてしまいました」

「・・・あ、あぁぁぁ」

「すいませんっ‼︎」


 ルーナから告げられた事実。

 再びの目覚めは最悪な物になったのだった。

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