第171話


「はぁ〜・・・、ふぅ〜・・・」

「・・・」

「あぁ〜・・・、んん〜・・・」

「・・・司様」

「ん?どうした、ルーナ?」

「・・・少しは落ち着いて下さい」

「あ、あぁ・・・」

「司様が出産する訳では無いのですから」

「そ、それはそうなんだが・・・」

「お子様が出て来れば何か反応があると思いますし、とりあえず座って待てば良いと思いますよ」

「うん・・・」


 此処はリアタフテ家屋敷のローズの部屋の前。

 いよいよローズが出産を迎え、俺は廊下を行ったり来たりしながら、落ち着きなくルーナと共にその時を待っていた。


「し〜し〜・・・、あれご主人様にゃ」

「ん?アン、何してるんだ?」

「夕飯の支度の手伝いを終えて来たにゃ」

「あぁ、それで爪楊枝片手なのか・・・」

「これは料理長から昼食のおにぎりにゃ」

「あ、あぁ、ありがとう」

「げっぷ」

「・・・」


 今日はアナスタシアがローズに付いて居るので、アンが料理長の手伝いをしていた様だ。

 爪楊枝を使いながら歩く姿に、もし娘が産まれたら絶対こんな風には育てない事を強く誓った。


「大物だな、アンはぁ・・・」

「ご主人様が小心者なだけにゃ。別にアンやご主人様が出産する訳でも無いのにゃ」

「・・・」

「ほら、アン様もそう言ってますよ」

「あ、あぁ・・・」


 先程ルーナから言われた事を再びアンにも言われた俺。

 これ以上、主人としての威厳を失うのもどうかと思い、ルーナの隣の椅子に腰掛けるのだった。


「そういえばディアはどうした?」

「あの娘はバテて部屋でダウンしてるにゃ」

「そうか・・・」

「あの位で情けないにゃ」

「はは・・・」


 今日はアナスタシアがローズに付きっ切りの為、アンのフォローにディアが入っていた。

 だがディアは未だ家事能力の成長は無く、慣れない事をした為、ダウンしたらしかった。


「はぁ〜・・・、ローズ・・・。・・・大丈夫かなぁ・・・」

「「・・・」」

「もう、10時間は経っているのに・・・」

「初産ですからそんなものらしいですよ?」

「にやっ」

「こんな事なら、やっぱり立ち会うんだったなぁ・・・」

「・・・それはローズ様に断られたのでは?」

「そうにゃ」

「それはそうなんだが・・・」

「・・・はぁ」

「にゃ〜・・・」

「・・・」


 今日の早朝。

 日が昇るのが早くなる季節を迎えていたが、辺りは真っ暗で静かな時間帯にローズの陣痛は始まっていた。


「ケンイチ様は間に合いそうに無いですね」

「そうだな、間に合わ無い方が良いだろう」

「・・・」

「最低にゃ」

「えっ⁈」

「流石にケンイチ様の事が苦手とはいえ、其れは酷いと思いますよ、司様?」

「い、いやそう言うつもりじゃ無くて・・・」

「本当にゃ?」

「本当だぞっ。ケンイチ様が着く時間迄、出産を終えてなかったら流石にローズも子供も危険だからだよ」

「「・・・」」

「・・・お前達なぁ」

「苦手なのは否定しないのですね」

「にゃっ」

「・・・っ」


 ルーナとアンからのツッコミに、俺は息を飲む事で応える事しか出来ないのだった。

 出産予定日を報されていたケンイチは、それに合わせて何とか休暇をとり、今日の夜頃此方に戻る予定だったのだ。


 それから3時間後・・・。


「・・・」

「そろそろですかね」

「にゃ〜、防音がしっかりしてるから、産まれても泣き声が聞こえ無いからにゃ」

「・・・っ」


 落ち着き無く動き回っていた俺がくたびれて無言になり、ルーナとアンによる会話をBGMにして大人しく待っていると、遂にローズの部屋のドアが開いた。


「司君」

「リール様っ‼︎」

「ふふふ、会ってあげてぇ」

「・・・っ」

「ふふふ」


 リールの言葉に椅子から飛び上がり、ローズの部屋の中へと駆ける俺。

 部屋の中には医師と助産師・・・、それに。


「うぅぅぅ、司様」

「アナスタシア」


 アナスタシアは泣き笑いの表情で泣き崩れ・・・。


「司・・・」

「ローズッ」

「ふふ、やったわよ私。跡取りを産んだわ」

「あ、あぁ・・・。子供は?」

「あっちよ」


 ベッドには出産を終え、誇らしげな表情を浮かべたローズが居た。

 そして・・・。

 ローズが指し示した先。


「・・・え⁈」

「ふふ、大変だったんだからね」

「あ、あぁ・・・。双子?」

「ええ。跡取りの弟とお姉ちゃんよ」

「・・・」

「司・・・?」


 其処には2人の赤ん坊がスヤスヤと寝ていた。

 顔はまだ男の子も女の子も区別はつかない為、何方が姉で弟かは分からなかった。


(其れに何だ・・・?視界がボヤけてる?)


「あ、あれ?おかしいなぁ・・・」

「司・・・」

「ま、前がボヤけてるんだ、ローズ?」

「ふふ」

「う、うぅぅぅ・・・。あ、ありばどうローズーーー‼︎」

「きゃっ」


 俺の視界を遮っていた物は自身の涙。

 其れを払う事もせず、俺はローズへと抱きつき、感謝の言葉を述べていた。


「ふふ、ありがとう司。私は司からの其の言葉が最高の労いよ」

「う、うぅぅぅ・・・」

「ふふ、もう、司ったら・・・。さあ、子供達を抱いてあげて」

「あ、あぁっ。あぁ・・・」


 恐る恐る子供達に近づく俺。


「すやすや」

「す〜す〜」

「・・・っ、ど、どうやって」

「はいはい、ほらっ、此処にこうして手を入れて・・・」

「は、はいっ」

「もう、そんな力を入れたら赤ちゃんが痛いでしょっ」

「す、すいません」


 助産師に抱き方を指導されながら、なんとか初抱っこを成功させた。


「この子は・・・?」

「お姉ちゃんよ」

「お、おぉぉぉ」

「あんまり騒がないで下さいね」

「はい」


 俺の腕の中で眠る子が、お姉ちゃんらしく、2人の中で少し身体が大きいだろうか?


(やっぱり、まだ顔の区別はつかないなぁ・・・)


 ただ、髪の色はローズと近いかな?


「司っ」

「どうした?」

「お姉ちゃんばかりじゃ無くて、弟の方も抱っこしてあげて」

「あぁ、勿論」


 そんなに集中して眺めて居たのだろうか?

 ローズからの声に俺は再び助産師の指導の下、お姉ちゃんをベッドに戻した。

 そして今度は弟を抱っこする。


「・・・おぉっ」

「大丈夫ですよ」

「え、えぇ・・・」


 弟は俺が抱き上げると一瞬ビクッとなり、俺は一瞬飛び上がりそうになってしまった。


「大丈夫かぁ・・・?」

「はぁ〜・・・、これだから男の人は」

「・・・」


(はい、すいません)


 俺は助産師の女性の呆れる様な声に、心の中で謝るのだった。


「司、そろそろ」

「ん?あぁ、そうだな」

「ふふふ、どうだったぁ、司君?」

「リール様・・・。流石に緊張しますよ」

「ふふふ、すぐに慣れるわよぉ」

「はい」


 俺が弟をベッドに戻すと、いつの間にかリール達も部屋に戻っていたらしい。

 一緒に入って来たルーナとアンは、すぐに子供達のベッドに移動し、アナスタシアと共にその周りを囲んでいた。


「もう、あの娘達ったら」

「ふふふ、アナスタシアまでぇ」

「そういえば司、お父様は?」

「まだ、戻っていないぞ」

「・・・そう」

「今日の夜には着くし、待つか?」

「そうね、そうしないとお父様がいじけるから」

「ふふふ、そうねぇ」


 そうして俺達はケンイチの到着を待ち、明日朝に子供達の命名を行う事にしたのだった。

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