第153話


「・・・」

「・・・」


 学院の春休み期間、ローズの部屋で彼女と2人で過ごしていたある日。

 2人の間に流れる無音の時間。

 然し、其処には話題に窮した居心地の悪さは無く、窓から入る陽の光に小春日和を感じる安息の空間だった。

 其処に突如として鳴った規則正しいノック音。


「お嬢、若頭、バドーです。よろしいでしょうか?」

「あれ?良いわよ、入ってバドー」

「失礼します」


 来客は現在リアタフテ領付近に陣を敷いて、周辺付近の警戒に当たっているバドーだった。


「おはようございます、バドーさん」

「おはよう、バドー」

「へいっ、お嬢、若頭」

「バドーが急に訪ねて来るなんて、何か問題でもあったの?」

「いえ、実は若頭に来客がありまして・・・」

「私にですか?」


 ローズは突然のバドーの来訪に、少し不安な表情を浮かべたが、実際に何かトラブルが起これば俺達ではなく、リールへと報告するだろう。

 そんなバドーの用件は俺への来客の報せだった。


「その方は屋敷に来ているのですか?」

「いえ、実はちょっと問題のある客人でして・・・」

「え?問題って・・・?」

「へい・・・」


 少し言いづらそうなバドーから告げられた其の人物は、確かにローズと共に居る状況では伝えづらい人物だった。

 だが、俺とバドーが部屋を出ようとすると、ローズから意外な申し出があった。


「待って司」

「ん?」

「・・・私も行くわ」

「え?でも・・・」

「良いのっ」

「あ、あぁ・・・」


 ローズも同行するという事で、必要は無いだろうが一応の護衛の為アナスタシアにも声を掛け、俺達はサンクテュエール軍の陣地へと向かった。

 軍の陣地、其処は以前神木の幼木を植えた地で、神木は其の名に相応しい歴史すら感じる大樹へと育っていた。


(それだけ汚染が酷かったって事だな・・・)


 其の神木の下、久しぶりに目にする其の人物は、流石に緊張を感じる面々と共に居た。


「ブラートさん」

「司・・・、息災か?」

「ええ、ブラートさんも?」

「ふっ、まあな」

「そうですか、良かったです」

「「・・・」」


 そんな俺とブラートのやり取りを、ローズと確か・・・?


「シエンヌだ」

「ああ、そうだった」

「・・・っ⁈」


 そうそうシエンヌって名で、一味のリーダーの女だった。


(モデル体型と燃える様な紅の髪の色が特徴的なんだよな)


 其のシエンヌとローズは、俺達を驚愕の表情で眺めていた。


「頭・・・」

「ああ、アルティザン・・・」

「「・・・」」

「・・・ふっ」

「???」


 其れで此の小柄ながら、覗く肌からは圧倒的な威圧感を感じるドワーフの男がアルティザン。

 俺達と此の一味は約1年前に、此のリアタフテ領のダンジョンで一悶着があったのだった。


(ただ、あの2人の反応の意味はなんだ?)


 俺がブラートの仲間達の反応に疑問の抱いていると、ローズから声が掛かった。


「・・・司」

「ああ、ローズ。知ってるだろ、ブラートさん」

「ええ・・・」

「・・・」

「ブラートさん。ローズです」

「ああ、もちろん知っているさ。・・・子は順調か?」

「・・・っ、ま、まぁね」

「もうそろそろなんですよ。後2ヶ月」

「そうか、楽しみだろう?」

「ええ、もちろん」


 俺はローズとブラートに其々を紹介し、会話の内容はローズのお腹の子の事になった。


「名は決めたのか?」

「・・・は、はは」

「・・・」

「ふっ、聞いてはいけない内容だったか」

「い、いえ、まだ考えてる最中で・・・」

「・・・」

「そうか、まあ子にとっては、一生付き合う物なのだから、精一杯悩めば良いさ」

「は、はい」

「・・・」


 俺は最近ローズから掛かるプレッシャーを思い出し、額に汗の存在を感じた。


「・・・良いかしら?」

「・・・何だ?」

「ローズ・・・?」


 ブラートへと問い掛けるローズ。

 其の表情からは、腹を決めた人間の其れを感じ、俺は緊張感を増した。


「前回の司の任務の件・・・」

「・・・ああ」

「お世話になりました」

「・・・っ⁈ローズ・・・」

「貴方のお陰で任務を遂行出来たと司に聞いたわ。彼の婚約者としてお礼を言いたくて・・・。本当にありがとうございました」

「・・・ふっ」

「っ⁈」

「本当に司といい、面白い夫婦だな。俺にとっても有益な時間だったから礼はいらんが・・・。受け取っておく事にしよう」

「・・・ええ、ありがとう」

「ふっ・・・」

「・・・」


 ローズが同行した理由。

 其れは俺の任務を手伝ってくれたブラートへ、礼を述べる事だったらしい。

 ローズは納得したのか、俺達からアナスタシアを伴い少し距離を置くのだった。


「面白い女だな」

「そうですね・・・」

「ふっ、お似合いだな」

「ありがとうございます」

「ふっ・・・」

「頭」

「ああ、アルティザン」

「「ブラートが世間話をしてる⁈」」

「・・・ふっ、失礼な連中だな」

「は、はは・・・」


 此方を離れた所から眺めていたブラートの仲間達。

 先程の反応の意味を理解し、俺は納得をブラートに悟られない様に、笑いで誤魔化した。


「そう言えば、預かり物をしているのだった」

「預かり物ですか?」

「ああ、ディシプルの剣士からの手紙だ」

「フォール将軍からの?」

「ああ・・・」


 ブラートはそう言ってアイテムポーチから、封筒を取り出し渡してきた。

 ブラート曰く、フォールは此方には立ち寄らずディシプルへと還ったらしい。


「一緒に行動はしなかったんですね」

「ああ、連中には連中の抜け道が、俺達にもまた俺達だけの其れが有るからな」

「なるほど。ではブラートさん達も直ぐに?」

「ああ、ディシプルに入る」

「そうですか・・・」

「司はどうするんだ?」

「え?」

「此れからの事さ」

「・・・もう直ぐ、リアタフテ領に新たなダンジョンが誕生します。其処を攻略しようかと」

「ダンジョンか・・・。そうか、良いかもな」

「ブラートさん・・・」

「・・・司よ」

「はい」

「いずれまた、互いの宿命が交錯する事もあるだろう」

「・・・」

「また会おう」

「はい、ブラートさん」

「ふっ・・・」


 そうして、ディシプルへ向かい出発したブラート達。

 俺達は其れを見送り屋敷へと戻るのだった。

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