第152話


「はあ〜、あったかあったか」

「そうねぇ、こたつはぽかぽかねぇ」

「・・・」

「まま、ディアみかんたべたい」

「はいはい〜、ディアちゃんママが剥いてあげますねぇ」

「ありがと、ままっ」

「ふふふ」

「・・・」

「あらあらぁ、司君お邪魔してるわよぉ」

「ちゅかさ、ジュースもってきてっ」

「・・・はぁ〜」

「オレンジジュースねっ」

「ねぇ〜」

「・・・」


 俺は溜息を吐き、自室から炊事場へと向かうのだった。


(みかんとオレンジジュースって・・・)


 国王から受けた九尾の銀弧事、ディア関係の任務終了から3ヶ月後、まだ肌寒さは残るがリアタフテ領は木の芽時を迎えていた。


(ママかぁ・・・)


 最初、ディアを引き取る事になった事を、リールとローズに説明した時はどうなるかと思ったが、上手くやっている様だ。

 最初2人、と言っても特にはローズだったが、絶対反対の姿勢を示した。

 当然と言えば当然である。

 任務の内容を説明する過程で、ディアとの間に命の遣り取りがあった事も伝えたし、2人共狐の獣人と対面するのは初めてだが、其の高い魔力と特殊な魔術についての噂は耳にしていた為、そんな危険人物を屋敷に置く事を許可しなくても仕方の無い事だった。

 一応、何か不穏な動きが有れば、直ぐに処分を下すという条件で屋敷に住まわせたのだが・・・。


(不穏な動きどころか、すっかり馴染んでしまったなぁ)


 ディアは物心つく頃には既に両親ともに居らず、姉であるエルマーナにより育てられていたらしい。


(とは言ってもなぁ・・・)


 エルマーナはあの振る舞いから分かる様に、子育てなど出来る筈も無く、ディアはエルマーナの召使いから世話を受けていたらしい。

 ・・・。

 結局、ディアが教えてくれた自身の話はそれだけだった。


(まぁ、無理に聞き出そうとすると、数日不機嫌で俺とは口を利かなくなるしなぁ)


 結果、ブラートからの情報であるノイスデーテの件についても聞き出せていなかった。


「家名の話をすると特に不機嫌になるしなぁ・・・」


 俺は炊事場でオレンジジュースを手に入れ、自室へと戻って行くのだった。


「ちゅかさ、おそいっ」

「ふふふ、お帰りなさい〜」

「はぁ〜、あんまりみかんを食べ過ぎると、夕飯が食べられなくなるぞ」

「い〜〜〜、だっ」

「ふふふ」

「・・・はぁ。ほらよ」

「ありがと、ちゅかさっ」

「どういたしまして・・・、ん?」


 お礼は素直に言えるらしいディアに応えながら、フェルト作のこたつに入ると、足に何かが当たった。


「ふぎゃっ‼︎」

「・・・またか、アン」

「・・・」

「ふふふ」

「アン、早く仕事に戻らないと、またアナスタシアに叱られるぞ」

「に、にゃあ〜」

「・・・」

「ふふふ、あらあらぁ」

「にゃあ〜」


 いやいや、屋敷で飼っている猫はお前だけだろっ。

 アンの余りにもらしい抵抗に、俺は彼女の尻尾を踏む事で応えた。


「ふぎゃっ・・・、にゃんっ‼︎」


 尻尾の痛みに飛び上がり、頭を机に打つけて2度金切り声を上げるアン。

 結局、頭と尻尾を撫でながら、渋々こたつから出る事になった。


「非道いにゃ〜、ご主人様」

「仕事中だろ?」

「でもにゃ〜・・・」

「・・・はぁ〜。ちゃんと仕事を終わらせたら、冬迄こたつはアンの部屋に置いてて良いぞ」

「にゃっ、本当にゃ?」

「ああ、その代わりアナスタシアに迷惑掛けずに、ちゃんと仕事するのだぞ?」

「分かったにゃっ」

「じゃあ、アン・・・」

「了解にゃ。行くにゃディア」

「え?」

「しっかりやれよ、2人共」

「にゃ〜」

「あたしは、いやだーーー‼︎」

「あらあらぁ、ふふふ」


 ディアの手を引き部屋を出て行ったアン。

 当然ながらディアも俺の契約奴隷なので、屋敷でアナスタシアの手伝いをしていた。


(まぁ、アン共々問題児なのだが・・・。ごめん、アナスタシア)


 俺は心の中でアナスタシアに謝罪をするのだった。


「ふふふ、でもぉ、ディアちゃんも屋敷に慣れてくれて良かったわぁ」

「はいリール様、本当にありがとうございます」

「ふふふ、私は何もしてないわぁ」

「いえ・・・」


 アンとディアが出て行った事で、俺とリールの2人だけになってしまい、好機とばかりに俺はあの話を聞いてみる事にした。


「リール様、よろしいでしょうか?」

「何かしらぁ?」

「実は・・・」


 俺はブラートから聞いた話と、其の話をディアに尋ねた反応を伝え、何かリールの知る情報が無いか尋ねた。


「そうだったのぉ、でもぉ・・・」

「?」

「ブラートさんの言う通りぃ、私が伝えられる事はぁ、ディアちゃんよりも少ないわよぉ」

「少ないって事は・・・?」

「・・・きっと其れはぁ、リアタフテ家に伝わる魔法の事よぉ」

「魔法・・・、ですか?」

「ええそうよぉ」

「其れって、どういった魔法なのですか?」

「・・・」

「???」


 俺からの問い掛けに無言になってしまったリール。


(もしかして、極秘の情報なのか?)


 俺はそんなリールに困惑の表情を浮かべた。


「ごめんなさいねぇ、実は私も使え無いのぉ」

「ん?え、え〜と・・・?」

「其の魔法は確かにぃ、リアタフテ家に伝わっているのだけどぉ、試練を乗り越えたぁ、者にしか使用出来ないのぉ」

「試練ですか、其れって?」

「ごめんなさいねぇ、私は知らないのぉ」

「リール様は受けなかったのですか?」

「そうなのぉ。お父様ならぁ、知っていると思うのだけどぉ」

「え⁈」

「???」


 初めて耳にするリールの父の話に驚く俺に、今度はリールが困惑の表情を浮かべた。


「すいません、初めてリール様のお父様の話を聞いたので」

「あらあらぁ、そうだったかしらぁ?ごめんなさいねぇ」

「いえ、今何方に住まわれているのですか?」

「基本はぁ、サンクテュエールの南東の地方にぃ、居を構えていらっしゃるのよぉ」

「基本ですか?」

「そうなのぉ、お母様と一緒にぃ、旅に出ている事も多いのよぉ」

「そうですか・・・」


 お母様も居るのね・・・。

 今度は驚かなかったが、リールの両親は旅が趣味の様だった。


(うちと同じだなぁ・・・)


 ただ、此の世界と日本の旅行の感覚がどう違うのかは、良く分からなかった。

 

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