第150話


「ねえねえ?」

「どうした?」

「おなかへった・・・」

「さっき食べたばかりだろ?」

「む〜、おねえちゃんっ」

「なにかしら?」

「ちゅかさがいじめるぅ」

「そう?非道いはね?」

「うん。めっ、して」

「はいはい、めっ、ですよ司様」

「あぁ、はいはいすいませんねぇ」

「むう、はんせいしてないっ」

「・・・」


 王都へ向かう馬車の中、俺とフレーシュ・・・、そしてディアのやりとり。

 ディアは同情でも誘いたいのか、幼児の姿になって居た。


「時間だな」

「やっ‼︎おねえちゃん、こわいよ。なんかこわくてねくらそうなおじさんがちかづいてくる」

「・・・」

「ううう、ちゅかさ?」

「・・・我慢なさい」

「うわあぁぁぁん‼︎」

「・・・行くぞ」

「えぇぇぇん‼︎」


 そんな泣き喚くディアにもブラートは、当然ながら定時の魔封の術をかけた。


「ぐすっ、ちゅかさもおねえちゃんもたすけてくれなかった」

「そうかい、ごめんな?」

「ごめんなさいね」

「ううう、きあいっ」


 不貞腐れた表情でそっぽ向くディア。

 彼女を王都まで連行し始めて3日目の朝だったが、多分此れが最後の魔封の術となるだろう。

 俺は視界の先に王都を捉えていた。


 王都に到着し直ぐに、城の謁見の間へと移動した俺達。

 其処には初めて来た時と同じ位の人間が集まっていた。


(国王はもちろん、ケンイチ、デュック、グリモワール・・・、ショーヴも居るのかぁ)


 参列者の視線はディアに集まり、騒ついていた。

 当然だろう、此処に至ってもディアは幼児の姿のままでいて、参列者達は此の幼女が本当に九尾の銀弧なのかと驚き半分、疑念半分といった感じだった。


「司よ良く戻った」

「ははあ〜」

「して・・・」

「ははあ〜。此処に居る者が九尾の銀弧であり、其の名をディアと申す者であります」

「ふむ・・・」

「ディア、九尾の姿になるんだ」

「む〜、やっ‼︎」

「・・・申し訳ございません。此の通り強情でして」

「ふふ、手を焼いておる様だな?」

「お恥ずかしい限りでございます」

「ふふ、そんな事では子が生まれた後、苦労するぞ」

「は、ははあ〜」


 此方の言う事に頑として従う気の無いディア。

 国王は面白そうに揶揄ってきたが、参列者達の一部には不穏な空気が流れ始めた。


「陛下っ」

「・・・何だ、ショーヴよ?」

「其の様な幼女が、本当に九尾の銀弧なのか信用に値しません」

「では、どうするのだ?」

「はっ、ここは私が審問を行いたいと思います」

「ふむ、然しお前は審問官では有るまい?」

「ですが、其処に居るのが事実九尾の銀弧ならば、我が家に貢献していた商人オントの仇でもあります」

「ふむ、なるほどな」


(仇って・・・、じゃあショーヴが狐の獣人を攫った奴隷商の主人だったのか)


 ショーヴの発言に、今回の件に対する彼の対応への合点がいき、俺が1人納得していると、隣で臍を曲げていたディアが、突如として変化を始めた。

 現れたのは俺達と激闘を繰り広げた、九尾の銀弧の姿をしたディア。

 俺は其れを眺めながら、此れって服はどうなっているんだろう?と考えていると、ディアはショーヴに詰め寄ろうとしていた。


(ああ、行ってる行ってる)


 其れをボーッと眺めながら見送る俺。


「ほお、貴様があの間抜け面の主人か?よくも我が同胞の身を穢し、自尽へと追い込んだな」

「・・・」

「な、何もしていないんだ私は。何も出来る筈無いだろう?オントが入手した時に、あの女は自らの手で・・・」

「・・・なるほどな。ならば此処で貴様も間抜け面の後を追わせてやろう?」

「・・・」

「や、や、やめ・・・、おいっ、誰か其の女を止めろ‼︎」


 ショーヴから飛ぶ指示。

 然し、衛兵達はディアから発せられる威圧感に、身動きがとれなくなっていた。


「ケ、ケンイチ将軍‼︎」

「・・・」


 そっぽを向き聞こえない様子を見せるケンイチ。


「お、おいっ、小僧‼︎」

「???」

「き、貴様に決まっているだろうが‼︎」

「???」


 俺は飛んで来た声に、精一杯間の抜けた顔で応えるのだった。


「た、頼む、助けてくれ・・・」

「ふんっ、今更命乞いとは見苦しい奴じゃ」

「・・・っ」


 徐々に縮まる自身とディアの距離に、遂に意識を保つ事の出来無くなったショーヴは、尻餅をつく形で倒れ込み、其の股からは失禁を伴っていた。


(あ〜あ、あの家の関係者はよくよく失禁に縁があるなぁ)


 申し訳無いが見苦しいものを感じ、目を逸らそうとするとショーヴの頭部から、ブロンドの髪が落ちていった。

 其のブロンドの髪が元々有った頭部へ視線を向けると、其処には磨き上げられた鏡の様なツルツルの禿頭。


(そ、そうだったのか・・・)


 此れには、流石に哀愁を感じ笑う気にはなれなかったが、ブロンドのカツラが、丁度見苦しいショーヴの股と水溜りを隠したのを見て、ついつい声を上げてしまった。


「グッジョブ‼︎」

「「ぶっ」」


 吹き出した先を見ると、国王とケンイチの姿があった。


「・・・」

「こほん、司よ」

「ははあ〜」


 気を利かせ視線を逸らした俺に国王から声が掛かった。

 当然俺は呼び掛けの理由など確認する必要は無く、意識が途絶えてしまったショーヴに、尚、詰め寄って行くディアの前に立ち塞がった。


「其処までだ、ディア」

「退くのじゃ、司」

「御前だ。此処で乱暴狼藉を働くなら、容赦はしない」

「・・・」

「・・・」

「・・・ちっ」


 舌打ちをし、其の艶やかで幻想的な風貌を怒りと不満の色に染めながらも、ディアは元いた位置まで下がり、九尾の銀弧の姿のまま、腰を下ろした。


「ふむ・・・。衛兵よ、ショーヴを下げよ」

「はっ」


 国王からの指示で気絶しているショーヴを衛兵が抱えて行くのだった。


「ふむ、なるほどな。確かに九尾の銀弧だな」

「無礼なっ。妾は見世物では無いのじゃ」

「ふふ、此れは失礼した」

「ふんっ」


 国王からの、観察を含んだ少し不躾とも言える視線にも、ディアは其の切れ長の鋭い双眸を返し、9つの尾を自在に操り悠然と構えていた。


(態度の善し悪しは別にしても凄いな。俺なら流石に落ち着いて居られ無いだろうな)


 参列者達も同じ様に感じているのか、非難の声が上がっても良さそうなディアの態度に、感嘆の息を漏らしていた。


(まあ、九尾の銀弧を初めて目にするのもあるだろうけど・・・。ディアの此の堂々とした態度は、やはりノイスデーテって事も関係あるのかな?)


 ディアには依然として確認して無い家名の問題。

 此のまま監獄辺りに投獄されたら、確認する事は出来無くなるのだが・・・。


「ふむ、先程の発言を聞くに、我が国に属して居たオントを殺害したのは其方で相違無いな?」

「ふふふ、其れがどうかしたのか?」

「そうか・・・、刑期は審問官に任せるとしても、取り敢えず監獄へと投獄する事になるの」

「ふんっ」

「通常ならな」

「え?」


 通常なら・・・。

 国王が今後の方針を明らかにした最後に足した言葉に、俺は疑問の声を漏らし、参列者達は息を呑んで続きを待った。


「じゃが、今回はオントがそもそも法に触れる行為を行おうとしていた事が、先程のショーヴの発言で明らかになった」

「・・・」

「よって此処に特例法を発令する。九尾の銀弧ディアへの刑は、其処に居る真田司の契約奴隷とする事とする」

「え?」

「・・・」


 国王の発言を受け、俺は唖然とした表情を浮かべていた事だろう。

 参列者達も響めきすら起こすことも忘れている様で、何よりディアも狐につままれた様な表情をしていた。


「ですが、陛下・・・」

「分かっておる。確かに我が国の法ではら狐の獣人を奴隷にする事は許されておらん」

「はい・・・」

「ただ、此れより数十年に渡り此のディアを、監獄で監視する為に優秀な人材を用意するのは合理的では無い」

「・・・」


(う〜ん、法に合理性は関無い様な気がするけど・・・)


「司よ?」

「ははあ〜」

「うむ。もちろん、お主や近親者達に危険が及べば、契約の下、即時ディアを処分して構わん。どうだ、引き受けてくれるか?」

「・・・」


 俺は流石に即答は出来無いと思い、返事を待って貰おうと思ったが、意外な所から声が掛かった。


「引き受けろ、司」

「⁈ブラートさん、何故?」

「其の娘がノイスデーテだからだ」

「えっ?」

「あの晩話した内容に、現在最も近いのが其の娘だ」

「あの晩・・・、あっ」

「俺が見るに、リアタフテの当主より、司の嫁よりもだ」

「そうなのですか?」

「ああ。・・・そして其れはきっと司の知りたい事にも近づけるものだ」

「え・・・⁈」

「・・・」


 創造種の事か・・・?

 確か其の事はブラートには話していないのだが・・・。

 だが、ブラートは確信を持った瞳で、俺を見てきた。


「・・・」

「どうだ、司よ」

「ははあ〜。受けさせて頂きます」

「うむ。良くぞ申した。ディアも良いな?」

「ふふふ、好きするが良い」

「・・・」

「良し。皆の者も此れは私の決定だ。異議のある者は申し出よ?」


 国王の言葉に参列者達は揃って敬礼で応えるのだった。

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