第144話
ディアの実力は5対1の戦況を膠着状態にする程のもので、俺達は攻め手に欠けていた。
「ほれほれ、そんな所で眺めているだけでは、妾の首は獲れぬぞ?」
「くっ・・・」
「ルーナっ、挑発に乗るなっ」
「・・・っ、分かっています‼︎」
「ふふふ」
(やはり、此の状況でルーナの射撃で弾をばら撒くのは、かなり危険を伴うからな・・・)
其処はディアの位置取りの妙と言えるだろう。
ルーナは此方のパーティメンバーへの流れ弾を考慮し、積極的に戦闘に参加出来ていなかった。
「スピードエフェクト」
「え?・・・助かるっ」
「・・・」
フレーシュから齎された支援魔法。
俺は其の初めての不思議な感覚ながら、然し確かに自らの身体が軽くなったのを理解した。
「小癪な、行けっ」
「・・・っ⁉︎」
ディアはフレーシュに向かい、宙に浮かべていた火の玉を1つ飛ばしたが、フレーシュは其れを躱し、素早く矢を番え反撃の姿勢でディアに対し牽制をし、応じる様にディアも無詠唱と短縮詠唱を開始した。
「こっちも行かせて貰うぞ‼︎」
「ふんっ」
そんなディアに対し、俺は軽くなった自身の足で文字通り飛ぶ様に地を蹴り、狩人達の狂想曲を詠唱しながらディアに向かって駆け、其の視界の奥ではフォールが隙を伺い、端ではブラートが短縮詠唱を開始していた。
「はぁっ‼︎」
「・・・そう易々とやれるものかっ」
ディアは俺の斬撃を槍で受け、炎の尾での払いを俺へと仕掛けてきた。
然し、軽くなった身体で軽く躱した俺に、完成させた火の玉を3つ放ってきた。
「くそっ‼︎」
「ふふふ、焼き尽くされるのじゃ」
俺は背後に目一杯飛び2つの火の玉は躱せたが、無防備な背中に火の玉を1発喰らってしまい、背中が焼き爛れる痛みに顔を歪めた。
「ぐっ・・・」
「ふふふ、どうじゃ?妾の魔術の味は?」
「・・・っ」
「司様‼︎」
「だ、大丈夫だ‼︎ルーナっ、集中を切らすな‼︎」
「・・・はい‼︎」
「さて、では足から潰そうかの?くら・・・」
「はあ‼︎」
俺へと槍を構え近付いていたディアに、背後から刺突を仕掛けたフォール。
其の制御装置を使った、全身で風を斬り裂く程の突きを、ディアは槍で受けフォールへと頭上から火の玉を降らせた。
降りかかる火の玉を払い、妖しい輝きを増す白夜。
ディアは手にした槍でフォールの右脇腹に払いを放ち、フォールは其れを白夜で受けた。
「そら、喰らえっ」
「む・・・」
槍と白夜が打ち合った、刹那に炎を纏いし尾による払いを放つディア。
フォールは間一髪、制御装置を使い空へと飛んだ。
「ふふふ、逃げ足に仰々しい飾りをつける奴じゃ」
「・・・はあ‼︎」
「・・・な⁈」
フォールの飛んだ先、其処にはディアが待機させていた火の玉が2つあり、フォールは其れを白夜で吸収したのだった。
「ちっ、小癪な‼︎」
「ふっ」
「喰らえ‼︎」
「くっ・・・」
詠唱を完成させたブラートより放たれた雷。
自身を襲いかかる其れを炎を纏わせた尾で払ったディアだったが、直後に再び雷がブラートより放たれ、ディアは其の整った双眸を苛立ちで歪め、地を蹴り襲いかかる雷を避けた。
「司、体勢を立て直せ‼︎」
「は、はい‼︎」
背中は火傷で痛むがそんな事は言っていられず、俺は素早く立ち上がり構えをとった。
「ちっ・・・、手を変えるかの」
「何・・・?」
「はあ‼︎」
不穏な言葉を呟いたディアだったが、自らの九尾で先程迄と同じ短縮詠唱を開始しただけだった。
一瞬、何を狙っているか分からなかったが、生み出した火の玉を自身の周囲に配備し、フレーシュへと駆けた。
「・・・っ」
「フレーシュっ」
「大丈夫です、其れよりもチャンスですよっ」
「あ、あぁ・・・」
確かにディアがフレーシュに集中すれば、此方の攻撃のチャンスは増える・・・。
俺とブラートは詠唱を始めたのだった。
然し、ディアは其の身のこなしでブラートや俺から放たれる魔法を躱し、確信を持った表情で火の玉を順に放ちながらフレーシュを狙ったかの様に追い詰めていった。
「ふふふ、行くぞおねえちゃん?」
「・・・っ⁈」
「それっ」
「くっ・・・」
「フレーシュ‼︎」
ギリギリの間合いから放たれた突きを飛び躱そうとしたが、僅かに肩に刃が掠ってしまったフレーシュ。
微かに血は滲んでいるが、傷はそう深くは無さそうだった。
「ふふふ」
「フレーシュ‼︎逃げろ‼︎」
「・・・な、な⁈」
フレーシュを眺め、嗤いながら短縮詠唱を開始しするディア。
フレーシュは俺の叫びは届いている様だったが、何故か呆然としていた。
(まさか、毒か何かを槍に塗っていたのか⁈)
俺はディアとフレーシュに向かい駆け出した。
「さよなら・・・、おねえちゃん」
「ううう、ミニョ・・・」
生み出した火の玉でフレーシュを取り囲み、悪趣味な別れの言葉を呟いたディア。
「間に合えっ、深淵より這い出でし冥闇の霧‼︎」
俺は自身の足元に形成された魔法陣から、流れ出て辺り一面の大地に広がり、闇の世界を形成した漆黒の霧。
今正にフレーシュを飲み込もうとしていた火の玉を、逆に深淵の底へと沈めていった。
「な、何じゃ⁈」
「ぐっ、があああーーー‼︎」
「司様‼︎」
「ちっ・・・」
此の魔法は実は軍の稽古場でも最大で3つ迄しか同時に魔法を飲み込んだ事が無かったのだが、緊急時の為、初めて9つの魔法を同時に飲み込み、俺は激しい動悸に獣の様な呻き声を上げた。
(此れは・・・、魔流脈の中を無理矢理異物を突かれている様な・・・)
魔力操作を覚えた事で、自身の感じる苦痛の出処を意識出来る様になっていた。
動悸は引く様子は無く、徐々に意識が薄れていくのを感じたが、俺は戦況を考え必死で保とうと努力した。
・・・然し、ぼやける視界に映った遠ざかる9本の尻尾に、やがて完全に落ちてしまうのだった。
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