第143話


「どういう事だ・・・?」

「・・・っ」

「ふふふ、さぁてな」


 困惑し対応の取れない俺。

 隣ではフレーシュも、其の身が固まっている様に感じられた。


「幻術の一種だ。狐の獣人達は、此の種の魔法が得意なのだ」

「あ・・・」


 そういえばパランペールから聞いた話でそんな魔法が有った筈だ。

 だが、眼前に立つディアは、先程迄と対照的な容貌をしていた。


(此処まで極端な変身も出来るのか・・・?)


「其の姿が本当のディアなのか?」

「ふふふ、本当とは異な事を」

「何?」

「先程の姿とて本当なのだ。我々と人族では常識の有り様が違うのじゃ」

「そうかい、開け混沌を創造せし金色の魔眼‼︎」


 ディアの此方を見下す様な口振りに、俺は静かな怒りが湧き、徐々に冷静さを取り戻せていた。


「ほぉ・・・」

「何だ?」

「ふふふ、先程迄はパッとせん月並みな容貌だったが、其の瞳、美しいな。ふふふ、眉目秀麗じゃ。褒めて遣わす」

「・・・」

「其の瞳くり抜いて、妾が存分に愛でてやろう」

「あれは・・・⁈」


 恐ろしい事を笑みを浮かべながら発したディアは、其の右手に一見すると薄汚れた、然し恐ろしい程の邪気を発する槍を手にした。


「まさかな・・・」

「ブラートさん?」

「司、あの槍で傷付けられぬ様気を付けろ」

「えっ、何かあるんですか?」

「後で教えてやる、構えろっ、来るぞ‼︎」

「え・・・、は、はいっ」


 当然、刃による攻撃など喰らうつもりは無かったが、あの槍から発せられる雰囲気に、出来れば説明を聞いておきたかったのだが、ブラートの言葉通り相手は待ってはくれない様だった。


「ふふふ、行くぞ」

「なっ⁈」

「む、散った方が良さそうだな」

「フレーシュ‼︎」

「くっ‼︎分かっています‼︎」


 俺達の前方、ディアの其の九つの尻尾其々より、九連短縮詠唱で魔法陣が描かれ始めた。

 フォールの言葉に、先程迄固まっていたフレーシュへと檄を飛ばしたが、彼女は既に構えており、側面へと移動を開始した。


「狩人達の狂想曲‼︎」

「ほぉ・・・、天晴じゃ」

「・・・」


 俺が五連無詠唱で生み出した闇の狼達を見て、関心した様に声を上げたディア。

 彼女も魔法陣の形成を完了し、其の先から9個の火の玉が発射された。


「な、んだ・・・?」

「ふふふ」

「司‼︎安心するな‼︎」

「え・・・?な⁈」


 9個其々が俺達を狙ったとは思えぬ、有らぬ方向へと飛んだ火の玉に一瞬呆気に取られて、火の玉を追う事よりディアへの攻撃の為の観察に、視線を集中させた俺。

 刹那、ブラートから檄が飛び、火の玉に視線を戻すと其の中の2つがかなりの速度で俺へと向かって来て、其の他も其々此方のパーティに襲いかかっていた。


「くっ‼︎」

「ははは、焼き尽くされてしまえ‼︎」

「ちっ、くしょーーーう‼︎」


 眼前迄迫った火の玉を横っ飛びで地面を転げ、何とか躱す事に成功した俺は直ぐに立ち上がり構えに入った。


「くくく、どうした?せっかく男前になったのに、泥に塗れて台無しじゃぞ?」

「・・・そうかい?」

「安心せよ、其の瞳をくり抜く迄は、四肢を焼き尽くすだけにしてやろう」

「悪いが、お断りするよ‼︎」

「遠慮をするな」

「駆れーーー‼︎」


 俺の咆哮に反応し、ディアへと向かい駆ける狼達。

 俺も其の後に続く様に地を蹴った。

 其れを見て再び詠唱を始めるディア。

 今度の物は3個の短縮詠唱の物と6個の無詠唱の物が有った。


「ふふふ、奇妙な動きをする獣じゃ」

「お前の魔法だってそうだろ?」

「くくく、失敬な」


 ディアは跳び掛かる狼達に特段の反応を見せず、悠然と其れを眺めていた。


「狩れ‼︎」

「ふふふ・・・、はっ‼︎」

「何⁈」


 一斉に自身に向かって来る狼達に僅かに背を見せたディア。

 すると、無詠唱で魔法陣を形成した時は特に反応を示していなかった尻尾が、突如として炎を纏い、其れで狼達を焼き払ってしまった。


「ふふふ、妾に従順な獣であった」

「ちっ、此れならどうだ?」

「無駄無駄」

「ぐっ⁈」


 間合いに入って、瞬時に首元のネックレスを剣に変え放った斬撃に、ディアは再び其の尾に炎を纏わせ俺の剣を払った。


(何だあの魔法は?柔らかな毛並みからは想像出来無い位、重いし硬いぞ⁈)


「ふふふ、どうした?終わりか?」

「くっ・・・」

「ふふふ」

「悪いが、貰った」


 俺と狼達への迎撃に集中していたディア。

 だが、此方は俺1人で戦っている訳では無い。

 ディアの背後には、空よりフォールが迫っていた。


(白夜ならきっと・・・)


 フォールの手にする妖刀白夜は魔法を吸収する刀であり、あの刀ならあの炎を纏う尻尾にも対応出来る筈なのだ。


「はっ‼︎」

「くくく、其れは受けぬ」


 自身の完全な背面の間合いを取ったフォールに、ディアは手にする槍を背後に放り、尻尾で巻き取り、白夜による斬撃を払った。


「くっ」

「ふふふ、其の得物は妾の槍と良く似た風情を感じるの」

「む⁈」

「どれ?其れもあの瞳と共に妾が持ち帰り、存分に愛でてやろう?」

「ふっ、断わる‼︎」

「遠慮をするな‼︎」

「くっ‼︎」


 先程、短縮詠唱で放っていた火の玉が、フォールに向かって飛び掛かったが、彼は其れを空を飛び躱した。

 空を見上げるとまだ2つの火の玉が浮かんでいた。


(俺の狼と同じ様に、自在に操れると考えた方が良いのだろうな)


 九尾の銀弧。

 伝承の強さは盛られているとしても、其の力はかなりのものである事は分かったのだった。

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