第138話


「良く戻った、司よ」

「ははあ〜」

「早速だが報告を頼む」

「ははあ〜。先ずはミラーシへの到達についてですが、此れに成功し、再び彼の地へ向かう為の手段についても、此処に居るブラート殿より習得しました」

「おお、見事だ。流石リアタフテ家の婿にして、私の見込んだ者だ」

「ははあ〜、ありがたき幸せ。ミラーシへの到着後、長であるエルマーナ=ノイスデーテ様に陛下よりの親書を納めましたが、此れに対するエルマーナ様の返答は直ちに返答は出来ぬとの事で、再び彼の地への訪問の許可を得て、陛下よりの指示を頂きたく帰着致しました」

「おお、そうか。大儀であった」

「ははあ〜。ありがたき幸せ」


 そうして本来の任務の報告は終わったが、九尾の銀弧の件の報告をしなければならない事に、俺が内心躊躇していると、その場に同席していた派手な男が一歩進み出て、此方に声を掛けてきた。


「おいっ、そんな事よりも九尾の銀弧の件はどうなった‼︎」

「はぁ・・・」

「間の抜けた返事をするなっ、ちゃんと捕らえて来たのだろうな?」

「いえ、その件についてですが・・・」

「捕らえて来てないだと⁈どういう事だ‼︎」

「こほんっ、ショーヴよ」

「は、はっ」

「司からの報告は続いておる、少し下がっておれ」

「ですが・・・」

「・・・」

「は、はっ」


 国王からの言葉にようやく元いた位置に下がった派手な男。

 その風貌は顔は不自然な程白塗りにし、ブロンドの髪は肩まであり、服装は真紅に染められた厚手のウールであろう、その指には高価そうな宝石の施された指輪がはめられていた。


(これぞ貴族って感じの風貌だなぁ・・・。でも、あの髪って・・・?)


 俺がショーヴのブロンドの髪を観察していると、国王より声が掛けられた。


「司よ」

「は、ははあ〜」

「うむ、報告の続きを良いかな?」

「ははあ〜。九尾の銀弧についてですが、エルマーナ様よりミラーシに存在しないと返答を頂きました」

「な⁈そんな事を鵜呑みにし・・・」

「ショーヴよ」

「・・・くっ」

「うむ、分かった。今回は見事な働きであった」

「ははあ〜。ありがたき幸せ」

「それでな、司よ。出来れば引き続き九尾の銀弧の調査に当たって貰いたいのだが?」

「ははあ〜」

「うむ」


 想定していた内容だったが、やはり命じられた九尾の銀弧の調査の続行。

 もちろん断る訳にもいかず、俺は即諾するのだった。


「良いな、ケンイチ?」

「はっ」

「其方もだ、ショーヴ?」

「当然で御座います、陛下」

「陛下、一つよろしいでしょうか?」

「うむ、司。申してみよ」


 ケンイチとショーヴに確認を取る国王。

 俺はそもそも調査の任務の内容を確認する事にした。


「ははあ〜。九尾の銀弧の件ですが調査との事ですが、発見をすれば良いのでしょうか?それとも捕らえる必要があるのでしょうか?」

「捕らえて来るに決まっておろう‼︎ケンイチ将軍よ、其方は義理とはいえ息子にどういう教育をしておるのだ‼︎」

「どういうとは・・・?」

「なっ⁈」

「どういうとはと聞いているのですよ、ショーヴ殿?」

「くっ・・・」

「止さぬか二人共」

「はっ、失礼しました」

「は、はっ・・・」


 ショーヴはケンイチにまで食って掛かり、逆に凄まれ怖気付いて後退りしていたが、結果的に国王の言葉に助けられた形になった。


「すまんな、司よ」

「いえ、とんでもありません」

「ふふ、愛い奴よ」

「ははあ〜」


(そうでもないと思うんだが、国王ってそっちの趣味の人じゃ無いよな・・・)


 俺が背中に少しゾワゾワしたものを感じていると、国王から声が掛かった。


「司よ」

「ははあ〜」

「任務については、基本的にお主に一任する」

「ははあ〜」

「但し、最低でも九尾の銀弧の発見又は、確実にミラーシに存在せぬ事の証拠は持ち帰って貰いたいのだ」

「ははあ〜」

「うむ」


 まあ、最低限の内容が発見なら可能な範囲だろう。

 存在しない証拠というのは難しいが、そもそも俺はエルマーナの言う事を信じていないしな。

 だが任務を命じた国王と命じられた俺が納得しているにも関わらず、先程から文句ばかり口にしているショーヴは再び前に進み出た。


「陛下、よろしいでしょうか?」

「・・・ふぅ、何だショーヴ?」

「はっ、やはり九尾の銀弧奴は捕まえさせるべきだと思います」

「何故だ?そもそも、罪人の捕縛は衛兵の仕事である。本来なら貴族関係者の司に任ずる仕事ではない」

「でしたら是非、私にその任務をお任せ下さい」

「ショーヴに?お主では魔法はおろか剣術でも敵わんと思うが?」


 辛辣な言葉だった。

 だが、バッサリと切り捨てられたショーヴはとんでもない事を言い出した。


「もちろん私が戦う訳ではありません」

「・・・どういう事だ?」

「はっ。私は現場で指揮を執り、尚且つ此奴らが任務を忠実に行っているか、監視も行ってみせます」

「は?」

「そもそも、こんな得体の知れない連中に、陛下より直々の任務を与えるなど、如何なものかと思われます。任務は私が受け此奴らは部下として使用すれば良いかと」

「・・・」


 え〜と、頭大丈夫かこの男?

 このショーヴという男が、国の中でどの地位にいるかは分からないが、何故、俺が国王とリール以外からの指示に従う必要があるんだ?

 しかも、指揮を執るって、要は荒事になったとしても、自身が戦闘に参加する気は無いと宣言している様なものだった。

 何より監視って・・・。

 この男が俺達の事を信用しないのは勝手だが、何故そこまで言われる必要があるのか、全く理解出来なかった。


「ショーヴよ、無礼であろう。彼らは私の命じた任務を忠実に遂行してくれたのだ。事実、ミラーシへと到達し、親書も長へと届けてくれている」

「ですが陛下。此奴らを信用するのはどうかと思います。そもそも、売女の娘などが同行するなど・・・」

「・・・っ⁈」

「ちょっと、失礼じゃないですか‼︎」


 売女の娘というのは、表情を強張らせたのを見るにフレーシュの事を指しているのだろう。

 然し、それが事実であろうと無かろうと、そんな事を先程からの発言を聞いていて、此の男にだけは言われる筋合いが無かった。

 そんな事もあり、国王の前だがつい声を荒げてしまった俺。

 だが既に引き下がれなかった。


「な、なんだとっ、生意気な口を利くな若造めが‼︎」

「お断りします」

「な、なんだとぉ、ケンイチ将軍‼︎やはり躾がなっておらぬ様だぞ‼︎」

「・・・」

「くっ‼︎生意気な、たかが貴族のヒモのくせに‼︎」

「ケンイチ将軍は関係ないでしょう?私に文句があるのなら、直接言えば良いのでは?」

「なんだと、若造如きが誰に意見している‼︎」

「・・・意見などありませんよ。貴方などにはね」

「な、な、な・・・⁈」

「そもそも、危険の伴う任務ですので、貴方が引き受けたいのでしたらどうぞご自由に?」

「・・・っ⁈」

「陛下」

「・・・何だ?」

「任務については、ショーヴ様に命じられるのであればその様にして下さいませ。私は王都で陛下よりの命を待たせて頂きます」

「・・・」

「それでは、失礼致します」


 俺はそのまま返事を待たず、謁見の間を後にした。


「・・・ふぅ、やってしまったなぁ」


 謁見の間を後にした勢いのまま、街まで来てしまった俺は、設置されたベンチに座って数十分、少し冷静さを取り戻していた。


(あの男に対する態度は良いのだが、国王の前というのがなぁ・・・)


 俺はローズやリール達への迷惑も考え、若干後悔していた。


「そういえば、ルーナ達大丈夫かな・・・」


 途中、城門で馬車からルーナの呼び止め様とする声が聞こえたが、視線も向けずに通り過ぎてしまった。

 フォールやブラートは罪人だから、任務がどうなるか決まらないと困るだろうしな・・・。


「・・・悪い事してしまったなぁ」

「俺に対してなら、気にする必要は無いぞ」

「え⁈ブ、ブラートさん、何で・・・?」

「何でも何も、現在は司の下で任務に当たるのが俺の役目だからな」

「で、でも・・・」

「ふっ。そもそも俺は司にミラーシに向かう術を指導し、成果が出た時点で取り引き内容は達している」

「そうですか・・・」


 かと言って、今現在罪人のブラートが、こんなに簡単に街中を移動して来たのは問題だと思うのだが?


「どうするつもりだ?」

「え?どうするって?」

「九尾の銀弧の事だ」

「あ、ああ・・・。どうでしょうね、陛下次第ですよ」

「だが、此の国で彼の存在に敵うとすれば、司しか居ないと思うがな」

「強いのですか?」

「過去の話で、現在の其れに当てはまるかは分からんがな」

「そうですか・・・」


 ブラートが俺をどの程度評価してくれているのかは分からなかったが、かなり危険な存在なのだろう。

 そんな事を考えるとこのまま任務から下ろされるのも良いかと思ってしまった。

 だが、そんな事を考える俺に背後から声が掛かった。


「おいっ」

「え?ケンイチ様・・・」

「ちっ」

「あ、え〜と・・・」

「あぁん?」

「は、はいっ」

「ちっ、こんな所で何してやがる」

「え、何って・・・」

「テメェは陛下からの任務の途中だろう」

「は、はいっ。え、いや、でも・・・」

「でも、何だ?あ?」

「・・・あんな事になりましたので」

「あんな事?」

「ショーヴ様との・・・」

「様だぁ?テメェはあんなクソ野郎に敬称なんかつけてるのか?」

「え、ええ〜」

「ちっ、陛下はテメェに九尾の銀弧の件を任せるとよ」

「・・・え?」


 俺に任せる、確かにそう言った様だが?

 ケンイチは国王からの指示を俺に伝えに来たのだろうか?


「良いか?男が一度引き受けた仕事を簡単に投げ出そうとしてるんじゃねぇ」

「・・・」

「あぁ?聞いてんのか?」

「はいっ」

「ちっ。お前の働きはリアタフテの働きだ。お前の国への姿勢はリアタフテの姿勢なんだぞ?」

「はい・・・」

「分かっているなら、偉そうにしてる貴族と喧嘩するのは自由だが、陛下からの任務を投げ出そうとしてるんじゃねぇ」

「はい」

「ちっ、分かったら、とっとと城に戻って、陛下に謝罪をしろ‼︎」

「はい‼︎」

「ちっ、たくよぉ」


 そう言ってケンイチは、城とは逆方向に歩き出した。


「あ、あれ?ケンイチ様?」

「あぁ?何だぁ?」

「え、いえ、何方へ?」

「何で俺が一々テメェに、行く先を伝える必要があるんだ」

「は、はぁ・・・」

「ちっ、面倒くせぇ奴だなぁ。宿舎だよ」

「帰られるのですね」

「ああ、そうだよ。謹慎だからな」

「え?謹慎?」

「・・・ちっ」


 謹慎って言ったよな今。

 此方に背中を向けたままのケンイチは、其の理由を答えるつもりは無いようだったが、意外な所から理由が聞けた。


「あの男を殴った事の責か?」

「え?殴ったって?」

「ちっ、そういえば」

「ふっ。先程、司が謁見の間を出て直ぐな、其の男があのいけ好かない男をな」

「はぁ・・・」

「おいっ」

「分かっているさ。話の内容は言わんさ」

「ちっ・・・」

「・・・」


 話の内容ってのは何かは分からなかったが、いけ好かない男っていうのはショーヴの事だろう。


(・・・いや、それは俺もイライラさせられたけど、殴るって)


 流石にリールの婿であるケンイチがそんな事をしたら、リアタフテ家にとって不味いのではと思ったが、当の本人はあまり気にした様子は無く、そもそも殴ったにも関わらず、未だにケンイチは怒りが解消されてる様には見えなかった。


「ちっ、俺はもう行くぞ」

「はい、お疲れ様でした」

「・・・おう」

「・・・」

「ふっ、面白い男だな」

「はぁ・・・」

「どうする、戻るのか?」

「ええ、そのつもりです」

「そうか、なら行くか?」

「はい」


 城とは逆方向へと帰って行ったケンイチ。

 俺とブラートはケンイチを見送り、城へと戻るのだった。

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