第136話


「どういう事だ、何故人語を喋れるんだ?」

「う〜む、そう言われてもな」

「魔物は人語を理解しているのか?」

「いや、其れは無い。我が人族の者達が交わす言語を理解出来る様になったのは、つい最近の事だ」

「何時からなんだ?」

「う〜ん、半年程前からかな?」

「夏頃からか・・・、急に理解出来る様になったのか?」

「理解というか、人族の発する言語を聞き、其の内容を理解出来る様になったのだ。其れがいきなりだったか、其れとも徐々にだったかは、我にも分からぬ」

「・・・」


 う〜ん、どうにも要領を得ないなぁ・・・。

 何か曖昧な物言いで、何かを隠している様にも、そもそも人語を操りきれてない様にも感じる返答だった。


「どうかしたのか?」

「え?ああ、ブラートさん・・・」

「悪いな。中々戻らんし、かと言って戦闘が続いている様にも見えんかったのでな」

「ええ、実は・・・」

「貴様は、どうして此処に⁈」

「ん?ほお、此れは奇妙な魔物だな」

「・・・」

「どうした、司?」

「いや、今、此奴明らかにブラートさんに反応していた様ですが?」

「ああ、その事か・・・」

「・・・」


 一気に疑念の視線をワーウルフとブラートの間に走らせる俺に、ブラートは何やら言葉を選ぶ様に考え込み、ワーウルフも又、其のブラートの言葉を待つ様に黙り込んでしまった。


「すまんな、上手くは説明出来ん」

「そう言われましても・・・」

「ああ、そうだな。ただ、司も知っていると思うが、此れは俺に懸けられた賞金の話が関係している」

「え、え〜と・・・」

「それでも知りたいか?」

「・・・」

「ふっ、すまんがそういう事だ」


 考え込んだ挙句の言葉が其れでは、既に俺も納得がいかなくなっていたが、知りたいか?と俺に問いかける瞳には、知れば自身の面倒事に巻き込む事になるぞと語りかける様で、其れに俺が躊躇している間にブラートは話を打ち切ってしまった。


(知りたく無いと言えば嘘になるが、知ってしまうのが怖い自分もいるんだよなぁ・・・)


 自分の事とはいえどうかと思うが、この臆病で物臭な性格は中々治らないと感じていた。


「そう言えば、ワーウルフ?で良かったか?」

「うむ。推測するに人族の者達は、我の事をそう呼んでいる様だな」

「やはり、名は無いんだな」

「名とは、先程から其の男が、司と呼び掛けている様なものか?」

「ああ、俺の名は司だ」

「分かった、司だな。それで貴様は何という名だ?」

「え?」

「俺の名はブラートだ」

「ふむ。ブラートか、分かったそう呼ぼう」

「好きにしろ」

「・・・」


 どういう事だろう?

 明らかに互いの事を知っている風だった2人。

 然しながら、ワーウルフはブラートの名を知らなかった。


「お前は名は欲しく無いのか?」

「うむ、其れもまた一興だな」

「そうか、だったら司、名付けてやったらどうだ?」

「え?私がですか?」

「ああ、そうしてやれ」

「うむ、是非とも頼もう」

「え、えぇ・・・」


 ワーウルフはそう言って俺に期待を込めた視線を送ってきた・・・、片目で。

 俺は名前なんかより、怪我の治療をした方が良いんじゃないのかと聞いたが、別に問題無いと答えてきた。


「じゃあ、梵天丸で良いか?」

「梵天丸?其れは、由来は?」

「ああ、俺の故郷の過去の片目の英傑の幼名だよ」

「ほお、此れは有難い。梵天丸、梵天丸かぁ・・・」


 自らのものになった名を口と喉で愛でる様に連呼するワーウルフ。

 俺は未だ残る幾つかの疑問を確かめる事にした。


「それで、お前は何処のダンジョンから来たんだ?」

「・・・」

「おい、聞いているのか?」

「・・・」


 俺からの問い掛けにそっぽを向くワーウルフ。

 その子供じみた反応に、急にどうしたのかと思ったが、思い当たる節は一つしかなかった。


「それで梵天丸は何処から来たんだ?」

「我か。我は同じ容姿の者達が溢れるダンジョンから来たのだ」

「・・・そうか」


 詰まりは俺やローズ達とブラート達の事件があったダンジョンの事だな。

 あと、かなり名前を気に入った様だな・・・、まあ別に良いけど。


「やはりそうか」

「え?ブラートさん?」

「ああ、此奴の生息していたダンジョンの事だ。我々が争ったあのダンジョンな事に納得したのさ」

「何故ですか?」

「あのダンジョンで、俺や司がかなり魔法を使用しただろう?一時的に濃度の高まった魔空間で、突然変異的に魔石が急成長したのだろう」

「突然変異ですか・・・?」

「ああ」

「ほお、そうだったのか」

「・・・」


 ブラートの説明にイマイチ納得出来ない俺と、簡単に納得してしまった梵天丸。

 ただ、突然変異という事が本当なのかは、ブラートにもう一度確認しておいた。


(もし、ダンジョンで魔法使用する度に、こんな妙な魔物が生み出されたら面倒だからな)


「それで梵天丸は前回、俺達と戦った後は何処に居たんだ?」

「うむ。ダンジョンに戻ろうにも、人族の者が入り口に張り付いていたので、人目を避け森や物陰に潜んでいたぞ」

「ああ、ダンジョンから魔物が出ない様に、監視を強めているからな」


 俺が梵天丸を取り逃がして以降、リアタフテ私兵団は王都からの増援も含め兵力を増やし、領内の監視を強めているのだ。


「其れじゃあ、とりあえずダンジョンに戻るか?」

「・・・いや、我は行かねばならぬ場所があるのだ」

「え?何処に?」

「《終末の大峡谷エスハトローギヤ・カニヨーン》という場所だ」

「・・・」

「終末の大峡谷?」


 初めて耳した名、然し何処か懐かしさも感じる名。

 梵天丸の口にした名は、俺に不思議な感覚を抱かせた。

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