第135話


 九尾の銀弧は居ない。

 やはりそう告げてきた女性が、ミラーシの長らしく其の名を『エルマーナ=ノイスデーテ』と名乗った。


「話は終わった、下がって良いぞ?」

「いえ、お待ち下さい」

「なんじゃ?」

「親書には九尾の銀弧の件以外も、記していた筈ですが?」


 そうなのである。

 実は出発前に国王から親書の内容を簡単に説明されていたのだが、その内容は九尾の銀弧の引き渡しと、ミラーシとの外交関係の開始を希望するという2点だった。


「ふふふ、もう一つの件については、直ぐには返答は出来ぬ」

「では、再び此のミラーシへの来訪について、許可を頂きたいのですが?」

「ふむ・・・、まあ良かよろう」

「ありがとうございます。其れと我が国、サンクテュエール王ロワ27世よりエルマーナ様へ贈り物を持参しております。どうかお納め下さい」

「うむ、感謝する」

「ははあ〜」

「長よ」

「っ⁈」


 謁見の間に入って以降、此方は俺以外の者が口を開く事は無かったが、謁見も終わろうというタイミングでブラートが口を開いた。


「なんじゃ?」

「一つ頼みがある」

「・・・」

「・・・」

「なんじゃ、申してみよ?」

「ああ、実は《神木》が欲しくてな、リエース大森林より幼木を持って出たいのだが」

「何に使う、とは間の抜けた問いか?」

「実は、先日人族同士の紛争があり、ある場所が酷く汚染されているのを見つけたのだ。其処は此処からそう遠く無いし、長としても其のままというのは如何かと思ってな」

「ふっ、野蛮な種族じゃな」

「・・・」

「否定はせんさ」

「まあ、良かろう。好きにせよ」

「ああ、感謝する」

「もう良かろう、下がれ」

「はい、本日はありがとうございました」


 神木ねぇ・・・。

 ブラートから話は後で聞くとして、これ以上、此処に居て親書を突き返されでもしたら、任務の失敗となる。

 そう考えて俺はエルマーナの指示に従う事にした。

 謁見の間を出て里の入り口迄案内役の男に同行され、そのまま追い出される様にミラーシから出る事になった。


「司様、良かったのですか?」

「ああ、仕方ないさ。とにかく一度屋敷に戻り、王都の陛下に指示を仰ごう」

「はあ、司様が其れで良いのでしたら・・・」

「だが、どうやら九尾の銀弧とやらは居るらしいな」

「え?」

「司もそう感じているのだろう?」

「は、はぁ・・・」


 とりあえず、ブラートからの司呼びにはこの先も慣れる事は無さそうだな。

 そんなどうでも良い事を考えつつも、俺は感じていた違和感と疑問を聞く事にした。


「そういえばブラートさん、九尾の銀弧はお伽話って言ってなかったですか?」

「ふっ、その通りだな。人族の者達が伝承する存在についてはな」

「え〜と、亡霊だとか、生まれ変わりだとかですかね?」

「其の通りだ」

「ああ、なるほどぉ・・・」


 それなら納得出来るな。

 そもそも、俺も信じていないし・・・。


「ふっ」

「・・・」

「顔に出ているぞ、司。まあ、其の何方も信憑性は無いがな」

「やっぱり、亡霊や転生なんて無いんですね」

「まあ、人族は一部の魔物を悪霊と認識したりしているが、そもそも魔物の生命は人族の其れとは感覚が違うからな」

「へぇ・・・」

「転生についても、人族より遥か永い時を過ごす我々には、一切そんな伝承は伝わっていないからな」

「なるほど」


 霊についての生命の感覚の違いは分からなかったが、転生については確かにそうなんだろうな。


「あと神木ですか?あの時、旅の過程で目にすると言っていた、汚染を晴らす方法の事ですよね?」

「ああ、そうだ。其れはとりあえず、場所を移動してから説明する」

「はい、分かりました」


 そうしてブラートを先頭に大森林の中を歩いていると、最初の扉のある花畑に着いた。


(此処に着くのが分かっていたのだろうな)


 どういう原理かは分からなかったが、ブラートには意識して此処に来る道筋が見えていたのだろう。


「あれが神木の幼木だ」

「あれですか?でも其処らに生えてる木の幼木に見えますけど?」

「当然だ、此のリエース大森林は神木の森林などだからな」

「え?そうだったんですか?」

「ああ、それでは貰って行く事にするか」


 そう言って、幼木を抜きアイテムポーチに入れたブラート。

 俺達は大森林を出て馬車に乗り、一路リアタフテ領に向け出発した。


 季節柄、日も短くなっているこの頃、何とか日が沈む前に、野営地に使った紛争跡地が見える位置まで馬車で辿り着いた俺達は、視界の先に人影らしきものを見つけた。


「誰か居るのかな?」

「その様ですね・・・」

「・・・止めてくれっ‼︎」

「え?真田様?」


 手綱を引いていたフレーシュに指示を出し、俺はキャビンから飛び降りていた。


「司様っ⁈」

「手出しは無用だ‼︎」


 背中に掛かるルーナの声に、駆け出しながら応え、俺は混沌を創造せし金色の魔眼を開き、首のネックレスを剣に変化させ人影らしきものへ向かった。


(あれは、いや奴に違いないっ)


 俺はまだ姿の確認出来ない影と正体に、確かな確信を持っていた。


「久しぶりだな」

「・・・」

「まだ、リアタフテ領内に居るとは思わなかったよ」

「・・・」

「何も答えてくれないんだな?」

「・・・」

「残念だよ、お前の事を聞き出したかったのに」

「・・・」

「なら、仕方ない。仕留めさせて貰おうっ‼︎」

「・・・」


 影の正体であるワーウルフ。

 不思議と確信が持てた、此奴は以前取り逃がしたあのワーウルフなのだ。

 あの時感じた奇妙な感覚。

 其の正体を確かめたかったが、何より優先すべきは此奴を仕留める事だと判断した。

 俺は狩人達の狂想曲を詠唱し、足下に闇の狼達を従え、ワーウルフに斬撃を放った。

 其れをワーウルフは背後に飛んで躱し、俺が追撃に放った闇の狼達も身軽に躱した。

 最初の斬撃を躱すのはともかくとして、その躱し方と闇の狼達を全て躱した所を見ると、やはり此奴は他のワーウルフ達とは、其の能力が圧倒的に開きがあるらしい。


「今度は避けれないと思うがな・・・、狩人達の狂想曲・・・、フルバースト‼︎」

「・・・⁈」

「圧殺されろーーー‼︎」


 俺の前方一面に広がる九十九門の魔法陣。

 其処から生み出された闇の狼達は、先日の紛争時よりは若干上手く操作出来る様になったか、大半はワーウルフ目掛けて突撃して行った。

 ワーウルフは流石に躱す事を諦めたのか、防御を固め狼達から身を守った。

 俺はそれに合わせ、狼達に続き奴へと駆け防御の僅かな隙から首元へと刺突を繰り出した・・・。


「な・・・⁈」

「・・・」


 其の手応えは余りの衝撃に自身の手が痺れ、手にする剣を落としてしまいそうになった。


(鋼の肉体を地で行くとは此の事だな)


「・・・」

「其れなら・・・、狩人達の狂想曲フルバースト‼︎」


 至近距離から放たれた広範囲魔法に、俺の眼前に居たワーウルフは、其の身に幾多の闇の狼達をまともに喰らいながら俺の背後へと跳躍した。


「来たなっ‼︎此れで終わりだ、静寂に潜む死神よりの誘い‼︎」

「・・・っ⁈」


 予定通りと言う訳でも無いが、此奴なら耐え切るなり、躱すと予想していた俺は、前回は躱されてしまった真の無詠唱と言うべき此の魔法で、戦いの終止符を狙った。

 俺の狙いは背後より、自身へ一撃を喰らわせようとしていたワーウルフの其の首。

 狙いに向け自身の腕を伸ばしていた。

 ワーウルフの鋭い一撃は、狙いを定める為に伸ばした俺の腕に詠唱が終わる寸前に届き、僅かに狙いを外した。


「ちっ‼︎」


 ズレた狙いにより魔法は奴の右眼へと直撃し、刹那確かに俺は其の肉が千切れる音が視認出来た。

 可笑しなものだった。

 深紅の鮮血を流す奴の右眼の千切れる音の色は、余りにも静かな草原を想像させる深緑の色だった。


「ちっ、次こそ・・・っ」

「待てっ‼︎」

「⁈」

「待って貰えるか?」

「お前、やっぱり・・・」

「ああ、我は人語を解する」

「・・・」


 右眼より血を流しながら、口を開き言葉を喋り始めたワーウルフ。

 何処かで予感していたものが、確信へと変わったのだった。

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