第109話


 果たし状ねぇ・・・。

 俺はケンイチの風貌を思い出し、実に手の中の物と実にお似合いであると思った。


(ああいうタイプはこういう古風な?表現が意外に好きだしな)


 ただ器用だよなぁ・・・。

 俺は此方の世界に来てから言葉の読み書きに苦労した事は無かったが、日本語は読みの方は問題無いのだが、書く方については少し忘れてきていた。

 手紙を読んでみると、実に簡潔に『サンクテュエール軍稽古場にて待つ 山本健一』と書いてあった。

 ・・・人を呼び出したのに、日時は一切書いてないな。


(う〜ん、こんな事ならデュックに稽古場の場所を聞いておけば良かったな)


 今更そんな事を言っても仕方が無いので、俺はもう一度店内に戻り、店員から場所を聞き出すのだった。

 店員から聞いた稽古場の位置は、此処から歩いて1時間程との事だった。

 少し遠いなと感じたが演習場は別にあり、其処は関所の外にあり馬で無ければ移動は大変な距離と聞き、安堵したのだった。

 そうして既に夕暮れの中歩き出し、丁度月の出る頃に目的の場所に着いた。

 サンクテュエール軍稽古場は中央に屋外の稽古場があり、左右にそれぞれ武道場、魔導訓練所の建物があった。

 既に夜になっている為人の気配は無く、ひっそりと静まり返った目的の場所への通路には、俺の足音だけが規則正しく刻まれていた。


(確かに人気は無いが・・・)


 此の世界に来て、特に魔法を扱える様になり、俺の感覚は元の其れよりもかなり研ぎ澄まされているのを自覚しており、特に元の世界なら眉唾扱いした様な第六感的なものを自認していた。


(居るっ、然も其の身に纏い放つ其れは、今進む通路を完全に支配してしまう程のものだ‼︎)


 後は天命に従うだけ、そう思い夜空の月を見ると、まるで誘うかの様な柔らかな光を感じ、俺は信じ歩を強めた。


「良く来たな・・・」

「はい」


 屋外稽古場。

 其処には此方に背を向け、先程の俺の様に夜空の月を眺めるケンイチが居た。


(背中に漆黒の髑髏っていよいよそれ系の匂いしかしないなぁ)


 そんな風にお互い同じ姿勢のまま立ち尽くし、一瞬の永遠の時を刻んだ。


「おい、名前は?」

「あ、真田司です」

「そうか・・・、リール達は元気にやってるか?」

「はい、皆んな元気ですよ。あ、そう言えば」

「・・・」

「リール様よりケンイチ様への手紙を預かって来ました」

「そうか」


 俺がアイテムポーチに手を掛けた瞬間・・・。


「待て‼︎」

「っ・・・」

「手紙は後で良い、其れよりも手紙は読んだんだろう?」

「・・・はい」

「なら何も言う必要は無いな」

「え?いえ、ちょっと待って下さい」

「あぁん?」


 やっと振り返ったケンイチの顔は、彼が既に臨戦態勢である事を示していた。


「まさかテメェ、俺のローズに手を出しておいて覚悟も決まってねぇのか‼︎」

「いえ、そういう訳では・・・」

「じゃあつべこべ言うなっ、勝負は何方かが倒れるまで、武器は・・・、仕方ねぇ壁際に木製の物が有るから手に取れ‼︎」

「因みに魔法は?」

「ちっ、そう言えばテメェ、生意気にも魔導士だったなぁ」

「はぁ・・・」

「構わねぇ使えっ、とにかく俺は勝負に勝たなければ、ローズとの結婚は認めねぇからな‼︎」

「・・・分かりました」

「ちっ‼︎」


 俺は壁際に有った木製の細身の剣を手に取り、ケンイチと対峙した。


(確かケンイチは魔法が使えないとだけは聞いた事が有るのだが・・・?)


 眼前に立つサンクテュエール軍将軍。

 其の男の能力を俺は全く知らなかった。


(こんな事なら、ルチル辺りに情報を仕入れておくんだったなぁ・・・。まぁ今更か)


「いつでも来い‼︎」

「・・・」


 そう言って拳を構えるケンイチ。

 獲物を持た無い所を見ると、どうやら武闘家の様だな。

 俺は剣を構え其の肺一杯に空気を溜め込んだ。

 俺の肺が満たされた瞬間、雲が月を隠し辺りが一瞬の闇に包まれた。


「狩人達の狂想曲‼︎」

「⁈」


 俺の詠唱した魔法陣より生まれ出た闇の狼達が、正に此の刹那の漆黒に溶け込みケンイチへと駆けた。


「ちっ、姑息な真似を‼︎」


 俺にとってはローズとの関係を認め無いと言われているのだから、何と言われようとで有る。

 其の狼達を寸前で躱し体勢を崩すケンイチ。

 此処で静寂に潜む死神よりの誘いを使えれば最高なのだが、流石に此の状況では不味いだろう。

 俺は仕方無く狼達の第二陣を生み出し、足下に従えた。


「はあぁぁぁ‼︎」

「な⁈ちっ、行けっ‼︎」


 ケンイチが気合を溜め込む様に深く構えると、俺の足下迄振動が伝わってきて、俺は其の異様さに狼達を直ぐに駆けさせた。


「関係ねぇんだよおぉーーー‼︎」

「な、何⁈」


 夜空に向かい雄叫びを上げるケンイチ。


(何だあれは?光を纏ってる?)


 一瞬其の咆哮で月に掛かっていた雲を払い、其の灯りを浴びたのかと錯覚したが、確かにケンイチの体躯は光を纏っていた。

 其のケンイチに跳びかかる闇の狼達。

 然し其の光に掻き消される様に屠られていった。


(効いてない?いや、でも身体には確かに当たった筈だ)


「今度はコッチの番だ、行くぞぉ‼︎」

「クッ‼︎」


 此方に考える間を与えてくれる筈も無く、ケンイチは向かって来た。

 とにかく、迎え撃つしか無い俺は再び狼達を放ち、然し剣を持つ手に力を込めた。


「無駄だぁ、オラッ‼︎」

「はぁ‼︎」


 再び狼達を搔き消し俺を射程距離に捉えたケンイチに、俺は斬撃を振り下ろした。


「けっ‼︎そんなもんっ、オラァ‼︎」

「っ・・・」


 斬撃を躱し右の拳で俺に襲いかかるケンイチ。

 俺は振り下ろした剣の勢いを借り、膝を沈め其れを躱した。


「クソがぁ‼︎」

「はあぁぁぁ‼︎」


 深く沈んだ体勢、決して好手とは言え無いが、其の体勢よりケンイチの首へと突きを放った。


「そんなもん喰らうかよぉ‼︎」

「・・・森羅慟哭‼︎」

「な・・・、う、うおぉぉぉーーー‼︎」


 剣による突きは首をずらし躱されたが、剣を放棄し放った魔法はケンイチを捉える事が出来た。


「が、が、ガアァァ、あああーーー‼︎」

「・・・っ」


 膝から崩れ落ち獣の遠吠えの様な絶叫を上げるケンイチ。

 通常ならもう気絶しても良い筈なのだが、流石サンクテュエール軍最強の男と言えるだろう。


「此の勝負は私の勝利で良いですね?」

「はぁっ、はぁっ、ふぅ〜」

「ローズとの関係を認めて下さい、お義父さん」

「・・・お」

「お?」


 気絶するどころか揺れながら、まるで酔った様に立ち上がって来たケンイチ。

 まだ肩で息をし、チラリと覗く顔も青白く感じた。

 ・・・然し、其の瞳には確かに力強いものがあるのだった。


「俺はお前のお義父さんじゃね、えろえろえろおぉぉぉーーー‼︎」

「な⁈うわあぁぁぁーーー‼︎」


 揺れながら俺の眼前に歩み寄ったケンイチが拳を振りかぶった瞬間・・・、夜空に向かいリバースした。

 おっさんの其れが降り掛かり唖然として立ち尽くした俺の頰に、ケンイチの拳が叩き込まれた。

 膝から崩れ落ちて行く俺。

 落ちて行く先には、俺より一足先にダウンしていたケンイチが居たのだった。

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