第108話
(エスプレッソかぁ・・・)
フレーシュの前に置かれたエスプレッソカップは、今日の落ち着いた装いと実にマッチしていた。
「・・・」
少し不躾な視線だったか?
フレーシュは俺の方に不満げな視線を返してきた。
(まあ、此の状況に対する非難かもしれないが・・・)
「やあ、フレーシュ。此処だったのか」
「・・・ええ」
「今日は城の方には来なかった様だが?」
「王都に居る間はお嬢様のお世話は必要無いと、奥様より仰せつかってますが?」
「そうでは無い。フレーシュも今回の紛争で戦果を上げた事、陛下よりお褒めの言葉を頂戴していたのだ」
「私の手柄は全てお嬢様のものですので」
「いや、それは・・・」
「では、私は失礼します」
「待ってくれっ」
デュックに対し無愛想に取り付く島もないフレーシュは、足早に席を立ち店の入り口へと移動した。
デュックの呼び止める声にも背を向けたまま立ち止まる事で応え、その姿勢で静かに続きを待った。
「今日はフレーシュの事で、司君に来て貰ったんだ」
「・・・」
フレーシュは顔だけ動かし片目だけで、然し捉えられた者が凍てつく程の冷たさで俺を見据えてきた。
「私はご命令に従うだけですので・・・」
「待ってくれっ、フレーシュっ」
ただ其れも一瞬、直ぐに目線を前に向け、ドアを開きながら背を向けたまま応え、続けざまに去って行った。
デュックは呼び掛けに応じず去って行った使用人を、然し呼び戻して叱責する事はしなかった。
「・・・すまないね、司君」
「いえ、私は大丈夫ですよ」
「ありがとう・・・」
落ち込んだ様子でデュックは俺を席へと促し注文を済ませた。
「・・・ふぅ〜」
「・・・」
「あっ、ごめんエスプレッソで大丈夫だったかい?」
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうかい・・・」
連れて来られたのだから何でも良かったのだが、デュックは確認を取らなかった事を謝罪してきた。
(かなり、ショックを受けてる様だがこんな状態で話は大丈夫なのかねぇ)
デュックは店員が運んで来たエスプレッソに口を付け軽く息を吐き、重い口を開いた。
「フレーシュの事なんだが・・・」
「用件の話ですか?」
「ん?あ、あぁ、そうだったね」
「?」
反応を見ると別の話だった様だが、そのまま続けて貰う事にした。
(ケンイチの件もあるし、余計な面倒事を受けるのは得策では無いしな)
「用件はフレーシュを、司君の仕事に同行させて貰えないかと言う事なんだ」
「狐の獣人の集落へですか?」
「ああ、どうだろう?」
「そうですね・・・」
そうは言われてもである。
今回の仕事は国王からの依頼で、俺が了承するも断るも可笑しな話だからなぁ・・・。
そう思った俺にデュックは俺の方が大丈夫なら、国王への許可は自ら得て来ると言った。
「そう言う事でしたら、大丈夫ですよ」
「そうかい、ありがとう」
デュックは曇りっぱなしだった表情がやっと少しだけ晴れたが、先程のフレーシュの反応を見ると彼女が了承しない可能性を考えた方が良いと思うのだがな。
「そう言えば、デュック様」
「ん、何だい?」
「陛下が狐の獣人達の集落、ミラーシでしたか・・・、其処に辿り着く目処が立ったと仰った時に、響めきが起きていましたけど、デュック様もご存知無かったのですか?」
「ああ、その事かい?そうだね、私は全く知らなかったよ」
「そうですか・・・」
「でも」
「?」
「あの時に外交の担当官も驚いていたから、陛下しか知らないか、知っていたとしてもごく一部の人間だけだと思うよ」
「成る程・・・」
仕事の情報を得られたらと思ったがどうやら無理みたいだな。
その後デュックから宿に送るとの申し出を辞退し、俺はアイテムポーチに眠る重荷を取り出すのだった。
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