第107話


 デュックに連れられ城を出て着いた先に、停まっていた馬車。

 其のキャビンは良く磨き上げられた純白の車体の上に色とりどりの装飾が施され、其の過剰な豪奢さに、漏れそうになる溜息を何とか堪えたが、喉が軽く鳴ってしまった。


「すまないね、妻の趣味なんだ」

「い、いえ、とんでもありません」

「さあ、乗って」


 俺は自身から出てしまった音に気付かれたのかと思い、少し恥ずかしくなってしまったが、デュックは特に気にする風でもなく、俺をキャビンへと促した。

 乗り込んだ其処は外装とは対照的な紅を基調とした空間で、外装と合わせ紅白で実に縁起の良い物だと妙な感心抱いた。

 そして三方に深く一目で其の極上の座り心地を理解させる羽毛のソファーを並べ、中央には大理石で作られた机が鎮座していた。

 乗り口には電灯の制御装置が有り、天井に目を向けると、シャンデリアが下がっていた。


(馬車で走る時は五月蝿そうだなぁ)


「重ね重ねすまないね」

「えっ?」

「先に謝っておこうと思って、馬車が走り出すとシャンデリアが五月蝿くて仕方が無いんだよ」

「あ、いえ、大丈夫です」

「では、出してくれ」

「はっ」


 デュックが御者に指示を出し馬車が動き出すと、確かにシャンデリアの打ち合う音が鳴り響くのだった。


(そして車内は沈黙に包まれる、かぁ・・・)


 何処に向かうとも知れない馬車の中、俺とデュックは対面に座って静寂の時を過ごしていた。

 デュックは腕を組みその瞳を閉じ、俺には座り心地の悪い深めのソファに堂々と鎮座している。


「どうだろう、ミニョンは?」

「え⁈」

「学院では上手くやれてるかな?」

「あ、ああ、そうですね、頑張ってると思います」

「そうかい、それは良かった」


 どうだろう、普通に聞かれた一言を勝手に別の意味で捉え、過剰な反応を示してしまった。

 俺は落ち着く為、会話の主導権を自身が握る事にした。


「やはりミニョンの事が心配ですか?」

「ん、ああ、勿論だよ。本当なら王都の学院に通って欲しかったんだ」

「そうなんですね。では何故リアタフテ領の学院に?」

「うん、ミニョンの強い希望でね。あの娘はローズの背中を追っているんだよ」

「ああ、なるほど」


 妻はかなり反対したけどと、デュックは苦笑いをしながら続けるのだった。


「同世代にローズと言う天才魔導士がいる事は、あの娘にとって良い刺激になっているし、共に学べば成長にも繋がると思って私が許可したんだよ」

「ミニョンも日々努力を重ねてると思いますよ」

「そうかい、なら留学は成功だったんだろうね」

「そうですね」

「ところで・・・」

「はい?」

「フレーシュは・・・」

「フレーシュですか?」

「あ、ああ、・・・その、上手くやっているだろうか?」

「はあ・・・」


 フレーシュかぁ・・・。

 俺が会う彼女はほぼミニョンの背後に控えているだけで、其の発言はミニョンのものを補足する事が主だ。

 まあ、彼女はその得物を考えると自己主張が強すぎるのも考えものだが・・・。


「上手くはやってると思いますよ。ミニョンにも良く尽くしていますし・・・」

「そ、そうかい・・・」

「・・・」

「・・・」


 再び沈黙に包まれる車内に、俺はそろそろ覚悟を決めて本題を確認する事にした。


「それで、デュック様」

「ん、ああ、どうかしたのかい?」

「はい、私への用件と言うのは・・・?」

「ああ、実はフレーシュの事なんだ・・・、ん?」

「フレーシュ・・・?」


 かなり緊張で身を固めて口を開いたのだが、デュックからの返答に俺は少し脱力してしまった。

 ミニョンの事では無い、その事で安心した俺は、馬車が目的の場所に着いたとの事で、デュックと共に外へと降りた。

 其処は王都の外れらしく、古風な雰囲気の喫茶店の様だった。


「此の香りは・・・?」

「分かるかい?此処のコーヒーが美味くてね、話は中でしよう」

「はい」


 コーヒーの香りだったかぁ・・・。

 此方に来てからはリアタフテ一家は皆お茶派で飲む事は無かったが、日本にいる時は良く飲んでいた。

 デュックの後に続き店内に入ると、其処には話題の人物がいた。


「フレーシュ・・・⁈」

「っ・・・、真田様?」

「あ、あぁ・・・」


 デュックの反応を見ると不意の対面だったのが分かる。

 これから話す話題の内容となるフレーシュは、日頃のメイド服では無くシックな黒のワンピースに身を包んでいた。

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