第83話
ぶつかり合う軍勢の塊、渦巻く怒号の波に、俺は肩で息をしながら疲労困憊で生まれて初めて戦争という地獄を見た。
昨晩の其れは此方側が一方的に打ちのめし、味方に負傷者が1人も出なかったので戦争と呼ぶには違和感が残った。
然し今は目の前で、敵も味方も確認出来ぬ間に倒れゆく人々の山に、未だ見ぬ地獄としか形容する事が出来なかった。
(初めて魔法で疲労を感じているから気が弱くなっているのかなぁ・・・)
其の人山の中でも目を惹くのはミニョンとルチルであった。
2人はリアタフテ軍勢と共に突撃し、ディシプル軍と交戦していた。
まずミニョンはいつも通り其の小さな身体の身軽さを生かし、自身で敵を仕留める事は狙わず、その身のこなしやロックシールドで相手に隙を作り、其れを俺と同じ様に後方に控えたフレーシュが矢を放ち突いていた。
(昨日はどうなる事かと思ったが、落ち着いて良かったな)
俺はミニョンの実際の戦場での様子に一安心した。
そしてもう1人・・・。
ミニョンと同じ様にぶつかり合う軍勢の中で、頭2つ分は小さなルチル。
彼女もいつも通り、ミニョンとは対照的に防具で身を包む敵兵の僅かな隙間である首への打撃や、ヒザ関節に撃ち込み倒した相手の顔面への追い討ちなどで戦果を上げていった。
そんなルチルが自らの腰に巻いたアイテムポーチに手を入れ拳大の石を取り出した。
「ん?なんであんな物・・・?」
「たぁぁぁ‼︎」
ルチルは其れを自らの前方にいた騎兵の馬に投げつけ、其方へ駆け出した。
高い悲鳴の様な鳴き声を上げ、其の場で前脚を天に向かい蹴り上げる馬に必死にしがみ付く敵兵。
ルチルは抜群の身のこなしで、敵兵の足を取り自らの身体をきりもみ式に回転させた。
「おぉぉ‼︎あれはっ⁈」
敵兵は絶叫し、態勢を崩して馬から振り落とされ、足を押さえながら転がり、そのまま立ち上がる事は出来なかった。
「探検隊に入りたいです‼︎」
「え?」
「ん?」
「・・・大丈夫ですか、真田様?」
「あ、あぁ・・・」
俺を心配する様な顔をしながら、此方から距離を取るフレーシュ。
(ちょっと失礼じゃないか・・・?)
俺は少しだけ目尻を濡らしながらそんな風に思った。
ルチルはそんな俺に視線を向け、其の控え目にして慎ましやかな胸を張り得意げにした。
「いや、俺が知りうる中でも無い部類に入るぞ?」
「えっ?」
「ん?」
ルチルは最初、俺の発言が何を意味するのか分からなかったのか不思議そうな顔をしたが、視線を自身の其れに落とすと其の頰を染め立腹し、怒りの声を上げた。
「そうじゃ無いよっ‼︎今朝の話だよ‼︎」
「え?・・・あぁ、あれかぁ」
「もぅっ、後でローズに言いつけてやるんだからね‼︎」
「いやぁ、其れだけは勘弁を・・・」
そうか今朝俺がルチルの衣服が汚れている事を聞いた時の・・・。
そういえばあの時から何処か自信ありげだったからなと思い出した。
後、ローズへの報告だけは本当に勘弁して下さい、お願いします。
「ふぅ〜、でも少しは回復してきたな」
ぶつかり合う両軍勢を尻目に、休憩をとっていた俺は、自らの身体が先程より軽くなったのを感じた。
(一度消費した魔力ってこんなに早く回復するものなのか?)
先程迄の疲労感が魔力消費によるものかも分からなかったが、関連付けれるものが其れしかないので一応そう仮定した。
(きっと此方の世界で生まれ育ち、魔法を使用する者には当たり前の知識なんだろうけど・・・)
俺の知識は学院の授業とデリジャンによる補習が主で、授業で其れを習う事は無く、補習は人間教育の様なものに終始していた。
「真田様‼︎」
「ん?フレーシュ?」
「前方、集中して下さい‼︎」
フレーシュからの檄に、自身の思考から引き戻された俺は、前方からディシプル兵が此方に向かって来るのに気づいた。
「悪い、助かった」
「・・・、私はお嬢様を守らなければいけませんので、ご自分で対処して下さい」
「了解‼︎」
俺はそう返事をし、向かい来る敵に対して身構えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます