第82話


「え、私をですか?」

「ああ、ルーナ。お願い出来ますか、アームさん?」

「よろしいのですかな、若様?」


 アームは俺へと確認を取りつつも、その視線は僅かにルーナへと向けていた。

 今回の編成、俺はルーナをアームの軍へと預ける事にした。

 相手にどの位の質と量の魔導士が居るかは確認出来ていないが、此方の軍の利点はルーナの銃と俺の無詠唱魔法に有る。

 ノータイムで放てる殺傷能力を持った、遠距離攻撃というものは相手にする側にかなりの恐怖を与え、士気にも関わってくる事だろう。


(勿論其れは俺やルーナが優先的狙われる事を意味するのだが・・・)


「分かりました。若様がそう仰っておるのでしたら不肖アーム、ルーナ殿を預からせて頂きますじゃっ」

「そうですか、ありがとうございます。ルーナも良いな?」

「・・・了解しました」

「うん、頼む。アームさん、ルーナはきっと強力な力になってくれると思います。どうかよろしくお願いします」

「勿論ですじゃ、若様」


 俺はアームに頭を下げてルーナの事を頼み、ルーナには魔力切れの危機を感じたら必ず逃げる様命じた。

 俺はアームにルーナの兵器の説明をした後、既に持ち場に就いている軍へと合流する為、ルチル、ミニョン、フレーシュを伴い屋敷を出発した。

 到着すると其処には、リアタフテ私兵団の精鋭600名が、開戦の狼煙を待っていた。


「此れは若様、お待ちしてました」

「い、いえ、お待たせしました」

「今回は若様の下で働かせて頂けるという事で、粉骨砕身努めさせて頂きます」

「よろしくお願いします」


 軍を代表して声を掛けてきた青年兵。

 きっとアームは俺の事を考え、若い人物を補佐役的なポジションに置いてくれたのだろう。

 俺は其の気遣いに感謝した。


(ただ、事実とは言え若様呼びは慣れないんだよなぁ・・・)


 そう思いつつも、俺は目の前に広がる光景に確認を進める事にした。


「其れであの・・・」

「はい、若様?」

「あれなんですが?」


 俺は平野が広がる視界の先を指差し、問い掛けた。

 其処にはディシプル軍であろう、明らかにリアタフテ私兵団とは別の旗を掲げた一団が展開していた。

 距離は2から3キロだろうか、ルーナが居れば正確な距離が測れるのだが、互いの軍の規模を考えると目と鼻の先と言って良い距離だろう。


「相手方が明け方に彼処まで進軍して来て、睨み合いが続いています」

「そうですか・・・」


 俺は妙な感じだなと思った。

 相手は一刻も早く屋敷を抑えたいだろうに、兵力差と地形を考えると、突撃で押し潰して仕舞えば相手側の勝利は確定的だろうにと思った。

 俺が其の疑問を口にしたら、アームがギリギリまで捕虜交換を延ばしたので、相手側も動きをとれなかったそうだ。


(どんな交渉だったかは分からないが、此の戦い持ち堪える事が出来たなら、ファインプレーだな)


 とにかく相手が動く前に、改めての武器の確認や、フレーシュの支援魔法など準備を進めた。

 そうしていると、相手方の先頭に1人の男が進み出た。

 距離はあるが、あの特徴的片足の器具は見間違える事は無いだろう。

 ディシプル軍の大将、フォール将軍其の人だった。


「リアタフテ軍の諸君よ聞こえているかーーー‼︎」

「ねぇ、司あれって?」

「あぁ、ルチルは初めて見るんだったな、あれがフォール将軍だよ」

「やっぱり・・・」


 此方に呼び掛けてきたフォール。

 やはり其の特徴的な姿は、初見のルチルにも直ぐに特定出来た様だ。


「返事が無いようだが、もう一度交渉内容を確認させて貰おう‼︎領主と後継者、其の2名を差し出せば領民と君達の処遇は此の私が保障しようーーー‼︎」

「えらく勝手な事を仰ってますわね、もう許せませんわっ‼︎」


 フォールの物言いに、怒りに任せ進み出ようとしたミニョン。

 俺は其の感情を理解したが、彼女を下げ自ら前に進み出た。


「ほう、リアタフテの少年か」

「・・・フォール将軍、此れはどういう事ですか?」

「どういう事とは?」

「騙す様な遣り方で相手の懐に潜り込み、そして年端もいかない少女を差し出せと言う、其れが貴方が求め続ける最強への道程ですか?」

「ふっ、キツイ事を言うな少年。だが私は軍人なのだよ、陛下の命は絶対だ」

「・・・」

「少年、引くなら今だぞ?私は血に飢えた獣、たとえ君が未だ年輪僅かな幼木で有ろうと、容赦は出来ぬぞ‼︎」

「・・・」

「・・・、どうする少年よーーー‼︎」


 俺に答えを迫るフォールに、ディシプル軍勢が怒号で後押しした。


「ははは」

「司さん?」

「大丈夫だ、ミニョン」

「は、はいですわ・・・」


 突然嗤い出した俺に、ミニョンは心配そうに呼び掛けてきたが、別に気は狂っていなかった。

 

「狩人達の狂想曲‼︎」

「ほぅ・・・」


 俺は其の足下に、闇の狼を生み出し従えた。

 其の光景にフォールは感心した様子を見せ、ディシプル軍は静まり返った。


「フォール将軍‼︎貴方が獣で良かった‼︎」

「・・・」

「獣なら此の様に我が足下に従える事が出来る‼︎」

「ふっ、なるほど」

「貴方こそ今投降すれば身の安全くらいは保障しましょう‼︎」

「返答は必要なかろうーーー‼︎」

「そうですか、なら・・・」


 俺は其の答えに、混沌を創造せし金色の魔眼を開いた。

 其の姿に静まり返っていた相手方に、響めきが起きた。

 俺は両手を広げ、詠唱に入った。


「行くぞっ、狩人達の狂想曲・・・」


(ぶっつけ本番だが、成功してくれよ・・・)


フルバーストウーンデーケントゥム‼︎」


 俺が詠唱を完成させると、其の前方一面に99の魔法陣が現れ刹那、其の場に居た自身以外全ての者が声を失うのを感じた。


「さあ、狩り尽くせぇーーー‼︎」


 俺の咆哮に呼応する様に、99門全てから闇の狼が現れて、足下に従えていた狼達と共にディシプル軍へと襲いかかった。

 狼達が駆け始めたのと同時に、悲鳴を上げ混乱に包まれるディシプル軍。

 喰らわれる者、吹き飛ばされる者、馬から振り落とされ踏み潰される者と其の被害は甚大だった。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「・・・つ、司?」

「お、おぉぉぉ」


 此の世界に来てから今迄、魔法をどんなに使用しても疲労を感じる事は無かったが、流石に此の規模の魔法を使うと初めての疲労を感じた。

 そんな俺を見て、心配そうに覗き込むルチルと、声にならない感じで息だけを漏らす青年兵。

 青年兵は未だ固まっているリアタフテ軍の様子を見て、自身も平静とは言えないだろうが、それでも必死に其れを装い俺の横へと進み出て来て此方に一礼をした。


「見たかディシプル軍よーーー‼︎此れがリアタフテ家に其の名を連ねる、真田司様の魔力であるぞぉ‼︎愚かなる侵略者よ其の前に平伏せよぉ‼︎勇敢なる衛士達よ其の背に続けぇ‼︎」

「「「おぉーーー‼︎」」」


 青年兵の口上に歓声を上げ、武器を掲げるリアタフテ軍勢。

 今正に相手方に突撃しようとする彼等と、其の空気を作り出した青年兵に応える為、俺は自身が出来得る最高の手段で応えた。


「良し行くぞ・・・。狩人達の狂想曲フルバースト‼︎」


 自らの鼓動が聞こえる程早くなり、其の頰に汗が滲み出て、一気に疲労感が増したのが分かった。

 其れでも自身の前方一面に、再び99門の魔法陣を詠唱し、狼の大群を生み出した。


「行くぞっ、突撃だぁーーー‼︎」

「「「おぉーーー‼︎」」」


 俺の号令に応え、狼とリアタフテ軍の大群が一斉にディシプル軍に駆け出した。

 未だ混乱の続くディシプル軍だったが、此方から駆けた狼が先頭のフォールへ襲いかかると、彼は刀を抜き狼を切り払った。

 霧散する狼、フォール刀を掲げ其の刀身は妖しい輝きを増した。


「全軍落ち着けぇ‼︎混乱は敵に利するだけぞぉ‼︎」


 フォールの一喝に落ち着きを取り戻し、此方を迎え撃つ態勢を整えるディシプル軍。

 俺とフォールの視線がぶつかり、本格開戦となった。

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