第67話
「お客様ですか?」
「ええそうなのよぉ、此処から北のぉ、『モンターニュ山脈』を越えた先にあるぅ、『ディシプル国』からぁ、『フォール将軍』がいらっしゃるのよぉ」
「そうなんですかぁ」
夕食後、風呂に向かったローズと、アナスタシアの手伝いへと向かったアンが去った後、俺とリールは二人でお茶を飲みながら一息ついていた。
その時に出たお客の話題。
確かモンターニュ山脈は国境付近にある山脈で、ディシプルと言うのはサンクテュエールと現在同盟関係にある国の事だった筈だ。
「確かこの領土から直ぐ北は『フェーブル領』の筈ですよね」
「そうよぉ、フェーブル辺境伯の治める領土なのぉ。今回もフェーブル様がフォール将軍を王都へと案内するのよぉ」
「なるほど。フォール将軍と言う方はやっぱり重要な職に就かれているのですか?」
将軍と言う響きだけで、重要な事は分かるのだが、俺は間の抜けた事を聞いていた。
「もちろんよぉ、フォール将軍はぁ、大陸最強の剣士の一人に数えられているのよぉ」
「へぇ・・・」
「司君も剣を扱うのだからぁ、滞在中に沢山お話をさせて貰うと良いわよぉ」
「そうですね・・・」
大陸最強、その響きは何処か魅力的なものだった。
翌日学院の昼休み。
いつもの様に俺、ローズ、ルチル、アルメは食堂で食事を摂っていた。
その場の話題はフォール将軍で持ちきりだった。
「勿論知ってるよ」
「そうなのか?」
「うん、この地方ではローズのお父さんのケンイチ将軍と並ぶ人気者だしね」
「へぇ〜」
日頃は冷静で落ち着いた雰囲気のアルメが、興奮気味に語る姿に余程の人なんだなとまだ見ぬフォール将軍に想いを馳せた。
「僕はケンイチ様派だなぁ」
「僕は・・・」
「アルメ、私に気をつかう必要無いのよ」
「う、うん、僕はフォール将軍派だね」
「まあ、アルメは剣士だしね〜」
「うん、若い頃の逸話も凄いけど、一時戦列を離れて復帰してからも凄いんだよね」
「ほぉ〜」
アルメ曰く、そのフォール将軍と言う人は若い頃は戦いで一切の傷を負う事は無かったらしい。
しかしある戦いで敵兵から放たれた毒矢により、左足の膝から下を失う事になった。
ただその人の凄い所は失った足に、ある手術を施し戦列に復帰。
今もまだ前線に立ち続けているとの事だった。
「フォール将軍は『飛翔将軍』や『魔導士斬り』って呼ばれて、敵からは恐れられる存在なんだよ」
「魔導士斬りってのは?」
「うん、それはね・・・」
俺は飛翔将軍も気になったが、魔導士斬りの方がどうにも穏やかではなく問い掛けた。
ただそれに答え様としたアルメは、意外な人物達の登場によって遮られた。
「ちょっと良いかしら?」
「ん?フェルト、ルーナ、どうしたんだ?」
「っ・・・」
その人物とはザックシール研究室の室長フェルトとルーナだった。
フェルトは日頃、授業ですら研究室に篭って参加しないのに、最も珍しい場所に現れた。
その登場に驚いているのは俺達だけではないらしく、食堂の空気が急に張り詰めたものに変わった。
(この空気・・・、俺が昔感じてたのと同じものだな・・・)
最近は昔程露骨なものは無くなったが、久しぶりに感じる此れ。
俺は其れがフェルトに向けられている事に、胸が張り裂けそうな痛みを感じた。
「ええ、貴方とルーナに手伝って貰いたい事があるのよ」
「俺達に?」
「そうよ、頼めるかしら」
「直ぐにか?」
「移動もあるから早めにして欲しいわね」
「そうかぁ・・・」
俺は一応午後の授業もあるしなぁと考えた。
この学院に通う学費はリアタフテ家に出して貰っているもので、授業をサボるのはなぁ・・・。
そんな事を考えた俺に、意外な助け船が出た。
「行ったら良いじゃない、司」
「え?ローズ・・・」
フェルトの登場と同時に変わった空気に引かれる様に、冷たい表情を浮かべていたローズからそんな言葉が聞かれた。
「でもな・・・」
「午後から位大丈夫よ。内容は屋敷で私が教えてあげるから」
「あ、あぁ・・・」
「ふふ、そう言ってくれてるのだから、そうしたら?」
「そ、そうだなぁ・・・」
「じゃあ、悪いけど司、を借りて行くわよ」
「司、は私の所有物では無いわ。私が司のものなのよ」
「ふふ」
「・・・」
「え、え〜と、じゃあ悪いけど頼むよ、ローズ」
「ええ、行ってらっしゃい、司」
「あぁ、行ってきます」
それまでフェルトから冷たい視線を外さなかったローズは、見送りの言葉だけは俺を見て笑顔で伝えてきた。
その笑顔に俺は色々な意味で心臓を掴まれた。
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