第66話


「頼も〜、ですわ‼︎」

「・・・」


 放課後の教室。

 週明け特有のメランコリーな空気を吹き飛ばす一陣の風の様な声が、教室入り口から響き渡った。

 クラスメイト達はもう慣れたもので、黙々と帰宅の準備を進める者やこれからの予定を立てる者など色々だった。

 そんな中、入学時のトラブルから俺とは距離を置く、アンベシルがその声の主に近付いた。


「ミニョン、また来たのか・・・」

「あら、お兄様?どうして此処に?」

「い、いや、俺はこのクラスだろ・・・」

「あら?そうでしたかしら?」

「・・・」


 哀れアンベシル、実の妹に所属クラスですら記憶されてないとは・・・。


「ぐすっ」


(あ〜あ、泣いちゃってるよ・・・。頑張れ、アンベシル!)


 俺はさして仲良くもないアンベシルに、励ましの念を送るのだった。


「それで、お兄様。司さんはいらっしゃいますか?」

「うっ」

「なんですの?」

「い、いやぁ・・・」


 気まずそうにミニョンから視線を逸らすアンベシル。

 そしてその先には俺がいるのだった。

 まあ、こういう所が失禁のらしさだよなぁ・・・。


「あら、司さん。御機嫌よう」

「お、おう・・・」

「手紙は読んでくださったかしら?」

「ああ・・・」

「なら、早速行きますわよっ」

「え、え〜とぉ」


 手紙の内容はいつも通りの挑戦状だった。

 トーナメント以降行われた対決の戦績は俺の全勝となっており、ただそれでもミニョンは諦める事はせずに何度も挑みかかって来た。


「今日は補習の日では無かったですわね?」

「まぁな」

「なら・・・」

「ま、待ってくれ・・・」

「何かしら?」

「そういえば今日はフレーシュは?」

「予定があるそうですわっ」

「そうなのかぁ・・・」


 俺はなんとか勝負を避けようと話題を逸らしてみたが、無駄な労力だった。


「さぁ、行きますわよ」

「うっ」

「貴方もよく飽きないわねぇ」

「ローズ、当然ですわ‼︎」

「ふぅ・・・」

「?」


 少しキツそうに息を吐くローズ。


「どうした?」

「うん、少し最近身体が重くて」

「なんだって、大丈夫か?」

「うん、ありがとう」

「・・・」


 昨日はそんな事無かったのになぁ・・・、そう思い少し心配になったがローズは気丈に振る舞った。

 そんな俺達を見て、何故かミニョンは少し面白くなさそうにしていたのだが・・・。


「悪いけど私先に帰らせて貰うわね?」

「え?俺も一緒に帰るさ」

「え・・・?」

「ううん、大丈夫よ。ミニョンに付き合ってあげなよ」

「でも・・・」

「ふふふ、本当に大丈夫だから」

「・・・」

「馬車はもう一度来て貰うわ」

「ああ、分かったよ。でも気をつけてな」

「ありがとう、ふふふ」


 ローズはそう言って馬車へと向かった。

 俺はこうなっては手早く済ませるに限ると思い、大人しくミニョンと共に武道場へ移動した。

 何時もならローズも付き合ってくれるのだが、今日のお供はルチルとルーナだけだった。


「でも本当に飽きないよね〜、全敗なのに」

「そうですね、堅忍不抜とでも言いましょうか」

「ルーナ、難しい言葉知ってるな?」

「そうですか?」

「ああ、何処で習ったんだ?」

「ふふ、企業秘密です」

「うっ・・・」


 そうな風に微笑みながら応えるルーナ。

 その笑みは何処かフェルトを思わせるものだった。


(まぁ、ある意味では親に似るって事かな・・・)


 そんな事を思ったが、ルーナは元々俺の設定が元になっている訳で、俺の子でもあるのだ。


(フェルトの子にして、俺の子でもあるのかぁ・・・)


 そんな事を考えると、どうしても昨日の情事が頭を過ぎった。


「どうかしましたか、司様?」

「うん、急に前屈みになって、お腹でも痛いの?」

「い、いやっ、なんでも無いよっ」

「・・・、そうですか」

「ローズの体調不良が移ったの?」


 いつもイチャイチャしてるからとルチルは続け、茶化してきた。

 俺は別のイチャイチャを思い出しての反応だという事に申し訳ない気持ちになった。


「どうかしたんですの?」

「いや、大丈夫だ。早速始めるか」

「え?急に積極的になりましたわね」

「ああ、ローズも心配だしな」

「むっ」

「ん?どうかしたか?」

「な、なんでもありませんわ‼︎」

「そうか?じゃあ始めるか」

「ううぅ、なんだか腑に落ちませんわ」


 そう言いつつも俺と対面に立ち構えるミニョン。

 俺は武道場に置かれている木刀を手に取り其れに応える様に構えた。


「何時も通り私が勝ったら、一つ言う事を聞いて貰いますわよ」

「ああ、俺が勝ったらもう勝負はこれっきりにしてくれ」

「それは出来ませんわ‼︎」

「・・・」


 自身は望みを叶えようとするが、俺からの提案には力強く拒否するミニョン。

 俺に何か求める事が有るのか、トーナメント後最初の勝負の時からずっとこのやり取りを繰り返していた。

 ただ何が望みかは勝った時に教えるとの一点張りだった。


「じゃあ、二人とも準備はいい?」

「ああ」

「ええ」

「それじゃあ始め‼︎」


 ルチルの試合開始の合図と同時に、俺は混沌を創造せし金色の魔眼を開いた。

 日々の鍛錬の中で気が付いた事だったが、魔眼を開くと魔力の流れが良くなるのか、身体能力も上がる事に気が付いた。

 最近魔法自体は魔眼を閉じた状態でも、通常詠唱なら少しずつ使える様になってきたのだが・・・。


「はあぁぁぁ‼︎」

「よっと」

「くっ」


 ダッシュで俺との距離を詰め、拳撃を打ってくるミニョン。

 その気合いの入った怒声に反し、隙の無い攻撃なのだがその動きは手に取る様に分かった。

 左の拳を左足を下げ上体を逸らして躱し、続けて打ち込んでくる右のローキックを左足でブロックした。


「そらっ」

「な⁈」


 俺はそのまま左足でミニョンの軸足を払うと、倒れ込んだミニョンの首元に木刀を突き付けた。


「終わりだな?」

「うっ、ま、ま・・・」

「実戦形式だろ?」

「くっ・・・、参りましたわ」

「ああ、お疲れ様」

「うぅぅ〜」


 食い下がろうとするミニョンだったが、トドメの一言に素直に引き下がった。


「次は負けませんわ‼︎」

「えぇぇ〜・・・」


 分かっていた事だが、勝負は再び行われるらしかった。

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