第63話


 武道場で優勝チームであるローズ・ルチル組の表彰式が行われた。

 ローズは10分程で意識も戻り、納得いかない表情でルチルと並び表彰された。

 観客の反応も微妙なものだった。

 その後・・・。


「はぁ・・・」

「司様?」

「あ、ああ、すまない」


 俺の隣にいたルーナは、構いませんけど幸せが逃げてしまいますよと言った。

 それに受け売りだけど、実は身体に良いんだぞと応えた。

 つい出てしまった其れは今の状況にあった。

 表彰式後、デリジャンに呼び出しをくらい俺はルーナを伴って学院長室へと移動していた。


(まあ、呼び出しの理由はわかるんだけど・・・)


 俺達は学院長室に着きその扉をノックすると、中からデリジャンが入りなさいとだけ短く言った。


「失礼します」

「・・・」

「真田司到着しました」

「・・・」

「・・・、え〜と」

「・・・」


 デリジャンは俺達に背向けたまま、全くこちらを向こうとしなかった。

 このまま長期戦を決め込むには、今日は余りにも疲労困憊だったので、俺は本題を問う事にした。


「学院長、ご用件を伺いたいのですが?」

「・・・」

「すいませんが、用がなければ戻らせて頂きます」

「はぁ・・・」


 溜息を吐きながら振り返ったデリジャンは、先程リング上で見せたのと同じ表情をしていた。


「用件は言わずとも分かっておろう?」

「・・・まぁ」

「お主報連相って知っておるか?」

「はい・・・」


 この世界にもあるんだな報連相。

 俺が社会人になった時はまだ普通に使われていたが、もうこのご時世古いと言われているのだが・・・。


「森羅慟哭の事ですか?」

「ふむ、其れであの魔法はどんな魔法なんじゃ?」

「あれは相手の魔流脈に振動によるダメージを与えるものです」

「あ、あ、・・・何というものを・・・」


 俺の用意していた新魔法は先日のダンジョンでの騒動で、ブラートと言うダークエルフから受けた魔封の術の効果を実感し、創造したものだった。

 あの時の身体から魂だけが大地に還る様な、二度は味わいたく無い感覚。

 魔封の術はきっと、魔流脈になんらかの影響を与えるものなんだろう。

 ただ魔封の効果だけでは魔法が使えない相手には効果が無い。

 そこで魔流脈に直接作用する魔法にしたのだった。


「そんな危険な物を・・・」

「いえ、魔法の効果は実験済みです」

「むぅ・・・」


 それは本当の事だった。

 効果を確かめるため、フェルトに用意して貰った、人工魔流脈を持つ人形に使用し一定時間の行動不能後に再び動き出す事も、魔流脈を破壊する程の威力が無い事も確認済みだった。

 デリジャンにそれを説明すると、とりあえず納得はしてくれたが、学院内と学生への使用は禁止を言い渡された。


「それで・・・」

「ん?なんじゃ?」

「優勝の件なんですけど・・・」

「無理じゃぞ」

「やっぱりですかぁ・・・」


 デリジャンは当然じゃと言った。

 森羅慟哭については納得し、それでも使用禁止にしたのは、あの魔法をルール違反と判断したという事だ。

 それは俺達の敗北を取り消す事は出来ないと言う宣言といって良かった。

 そうするとルーナの事をフェルトに相談しに行くしか無いか・・・。


(フェルトにかぁ・・・)


 あの冷めた視線を思い出すと、どうしても甘い香りが鼻をくすぐる様な気がした。

 勿論此処にあいつは居ないのだが・・・。

 そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「ん?開いておるよ」

「失礼します」

「ん、ローズ?」

「司・・・」


 扉を開け入室したのはローズだった。


「どうしたんじゃ?」

「・・・」

「何か用があったんじゃ無いのか?」


 ローズは重そうに口を開き、デリジャンにとんでもない提案をした。


「学院長、私達の優勝の件ですけど辞退させて下さい」

「ローズ⁈」

「ふむ・・・」

「あの試合明らかに私達の力負けでした。それなのに裁定で勝利を与えられるなんて、私は耐えられません‼︎」

「・・・」

「あの試合の勝者は司達だったんです‼︎」

「・・・」


 表彰式の様子を見てもローズはこの勝利に納得していないのだろう。

 だが辞退とは・・・。


「それは無理じゃよ、ローズ」

「何故ですか⁈」

「正確には無理と言うより、無駄じゃよ。お主は自分が辞退すれば、司が優勝となると思っている様じゃがそれはルール上無い」

「それは・・・」

「既にお主を倒した魔法についてはルール違反と判断し、司とも話が着いておる」

「司?」


 驚いた表情で俺の方を見るローズに、短くその通りだと告げた。


「じゃから、お主が辞退した所で準決勝に進出した他の2組で、後日優勝を決めるだけじゃ」

「・・・」

「分かったろローズ。優勝はお前とルチルで良いんだよ」

「司、でも・・・」


 未だ納得いかない表情を浮かべるローズを促し、俺は屋敷に戻る事にした。

 今日はもう休みたい・・・。

 馬車までの移動途中の廊下、俺は忘れていた件をローズに切り出した。


「そういえば、ローズ?」

「どうしたの?」

「今日はルーナを屋敷に泊めて良いか?」

「え?」

「司様、それは・・・」


 ルーナが何か言いたそうにしていたが、流石に今日はもうきついし、フェルトに相談に行くのは明日にして貰いたかった。

 俺を見た後、ルーナに視線を向けたローズは直ぐに視線を前に向け応えた。


「良いわよ」

「そうか助かるよ」

「・・・」

「そうじゃ無いわ」

「え?」

「その娘、屋敷に住んでも良いわよ」

「え?」

「でも、ローズ?」

「私はあんな勝利認めないわっ、あの約束は私の負けよ」

「婚や・・・」

「ローズよ‼︎」

「は?」

「私の名前はローズ=リアタフテよ‼︎」

「・・・」

「もう・・・」


 少しムッとした、でも少し困った表情を浮かべたローズは、其れを隠す様に俺とルーナから距離を置き、一瞬だけ此方を振り返り短く言った。


「帰るわよ、司、ルーナっ」

「・・・ローズ」

「・・・」


 直ぐに背中を向け、廊下の先へと進んで行くローズに、俺と何時も冷静な表情のルーナが僅かに表情を変え応えた。


「ああ、ローズ」

「はい、ローズ様」


 俺とルーナは先を行くローズの背を追った。

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