第62話
俺は完全に落ちてしまった事を意識した。
少し笑ってしまいそうになった。
意識が無くなっているのに意識したとは、これ如何に?
このまま落ちていればカウントでノックアウトとなるだろう。
(それも良いか・・・)
思い返してみる。
何でこのトーナメントに出たのだろう。
確かフェルトにルーナの機能を諸々確認する為と依頼されたのだった。
(あれが無ければローズと一緒に出場してただろうか?)
そんな詮無い事を考えた。
そうか、ローズは俺達の優勝を阻止する為に出場したのだったな・・・。
まぁ半分フェルトの挑発に乗ったのだが・・・。
このまま敗北となれば、ルーナはフェルトと共に寮に住む事になる。
ただそれはルーナと会えなくなると言う話では無い。
ローズの機嫌も治るだろうし、元々俺がフェルトに協力し人工魔龍脈の開発を手伝う事には反対していない。
(あれ?何も問題無いんじゃ無いのか?)
ルーナには悪いがそんな事を思った。
それに・・・、落ちる寸前に見たローズ。
「つ・・・つ・・・ん」
「ん?」
誰か居るのか?
「つ・・・くん、つっくん」
「え?」
つっくんかぁ・・・。
懐かしい響きだった。
俺の事をそんな風に呼ぶのは世界で二人だけだった。
じっちゃんとばっちゃん。
俺の父方の祖父と祖母だ。
声のする方を見てみると、二人がニコニコと手を振っていた。
「じっちゃん、ばっちゃん」
「つっくん、つっくん」
二人は俺と視線が合うと振っていた手で、手招きをした。
久しぶりだなぁ・・・。
いつ以来か思い出すのが難しいくらい、俺も歳をとってしまった。
優しかった二人。
(そう言えば・・・)
この世界に来てから、暫くの間俺の一張羅となっていたレザーのコート。
最近は流石に暑くて着る事は無かったが、あれは二人に買って貰った物だった。
14の誕生日にプレゼントのリクエストを聞かれた俺は、その先のクリスマスとお年玉まで含めてと言う条件でネットで見つけた憧れのコートを頼んだ。
かなり高価な物だったが、そんなに此れが良いのかと聞いてきたじっちゃんに、本物が知りたいんだと応えた俺。
本物の名に違わず、20年以上経った今も当時のままの状態をキープしていた。
「つっくん、つっくん」
頻りに俺を呼ぶ二人。
そうだなぁ、10年振りだったなぁ・・・。
やっと何年会っていないか思い出せた。
そう、あの日二人同じ日に前日寝たまま静かに逝った二人。
葬式で二人の穏やかな寝顔を見て以来だ。
・・・・・・、さてと・・・・・・。
「まだ、逝けんわぁーーー‼︎」
「「「え⁈」」」
危うく彼方へと渡ってしまう所だった俺。
悪いじっちゃん、ばっちゃん、まだ其方へは逝けんわ。
「くっ・・・」
「司様‼︎」
「ルーナか?」
「はい‼︎大丈夫ですか?」
「な、なんとかな」
背後から飛んでくるルーナの声が、まだ痛みの残る頭に響いた。
(正直な所まだ視界も、波打っているのだが・・・)
「真田選手、大丈夫か?」
「え?」
「意識はハッキリしないのか?」
「あ、ああ、いや」
審判だったよな、確か?
まだ頭のチューニングが合って無い俺に、声を掛けつつ反応で意識の有無を確認しているのだろうか?
俺は人生は終わらせるつもりは無いが、試合は終わりでも良いのだが・・・。
でも此の身体は驚異の回復力を見せていて、徐々に視界も思考も取り戻していった。
そしてリングに突き刺され、張り付いたままだった顔を上げると最初にローズの顔が映った。
(なんで嬉しそうな顔をしてるんだ?起きなければノックアウトで其方の勝ちなんだぞ・・・)
試合中で無ければそう問いたかったが、生憎とまだ今は敵同士だった。
「真田選手?」
「ああ、大丈夫ですよ、ピンピンしてます」
「え?」
俺はそう言って立ち上がった。
「司⁈」
「ん?ルチルか・・・」
「え、う、うん・・・」
「流石に今のは効いたぞ、ヤバかったよ」
「司・・・、まだ」
「当然だろ、行くぞ?」
「うんっ‼︎」
俺は足下に落ちていた木刀を拾い構えた。
対峙するルチルも迎え撃つ態勢をとる。
まだ足に力が入らないこの状況で、ルチルと近距離でやり合うのは自殺行為。
おまけに其の背後にはローズが控えている。
短く後ろに視線を送ると其処にはルーナが銃を構えていた。
「・・・」
「・・・司様?」
「行くぞ、ルーナ?」
「・・・はい‼︎」
徐々に戻ってきた力を太腿、膝、脹脛、指先と順に込めていった。
「はあぁーーー‼︎」
「っ‼︎そんなヤケクソは喰らわないよっ」
側から見れば玉砕覚悟、俺は木刀でルチルに突きを放った。
俺とルチルの現在の間合いで、スピード差を考えると正確に突きを当てるの先ず不可能だろう。
ルチルは軽く剣先を躱した。
予定通りに・・・。
「ルーナ‼︎」
「分かっています‼︎」
「⁈」
突きを躱された俺は、そのままの勢いでルチルの脇を駆け抜けた。
当然ルチルは追撃しようとするが、其れはルーナの射撃で阻止された。
「いきます」
「くっ‼︎」
弾丸の威力は落ちてはいるが、至近距離で放たれる射撃の雨に流石にルチルも面食らってしまった。
(1分、いや30秒で良い。頼むぞルーナ‼︎)
そう心の中で叫びながら俺は駆けた、・・・ローズ目掛けて‼︎
「司・・・」
「ロォォォズゥーーー‼︎」
「っ‼︎」
俺にその右手を向け詠唱を始めたローズ。
距離を詰める俺に、ローズは1度目の幾何学模様を描いた。
俺も呼応するように駆けながら詠唱し左手に魔法陣を描いた。
「え?」
「はぁぁぁ‼︎」
其の魔法陣に一瞬驚いたローズだったが、2度目の幾何学模様を宙へ浮かべた。
手を伸ばせば二人の距離は後二歩半程、俺は既に息を切らしていたが、其の足に力を込めた。
そして・・・、ローズは遂に魔法陣を完成させた。
「エアショッ・・・」
「『
俺は左手をローズの眼前に差し出した。
すると其処にあった魔法陣が、ローズの体内へと溶け込んでいき、その華奢な身体が淡い光が包んだ。
「え?・・・、かっ‼︎」
「はぁはぁ、はぁ」
ローズが完成していた魔法陣は霧散し、膝から崩れ落ちた。
「きゃあぁぁぁ‼︎」
「っ‼︎」
「ローズっ‼︎どうしたの‼︎」
ガードを堅めながらローズに呼び掛けるルチル。
(悪いな、もう試合中は応答は出来ないよ・・・)
「・・・つ、・・・」
「・・・ローズ」
俺はローズが気絶したのを確認し、ルチルへと向き直った。
其処には射撃の雨に耐えるルチルが居た。
もう走る事は出来ないだろうが、この距離・状況なら魔法乱発でも大丈夫だろう。
「ルチル、降参はしないか?」
「司・・・」
「・・・」
「当然っ‼︎」
「ふっ、そうか・・・」
ルチルは其の藍色の双眸を燦然と輝かせ応えた。
俺は其れを確認して自身の前方に5つの魔法陣を成形した。
襲いかかる狼に、射撃へのガードを堅めていたルチルは無防備で全てを受けてしまい、そのまま倒れてしまった。
審判のカウントが進み、ルチルがノックアウトとなるとデリジャンがリングへと上がってきた。
歓声の上がる会場。
俺は今日初めて観客の存在を意識した。
(勝者はデリジャン自ら告げるって事か・・・)
なかなか乙な演出だな。
「司様・・・」
「ルーナ、やったな」
「はい、お見事でした」
見事なのはルーナの方だと伝えた。
最後ルーナが俺の意図に気付いてくれなければこの勝利は無かった。
最後の最後にチームとして機能したかな?
リングに上がったデリジャンは、ローズの側に行き状況を確認し、会場中に響き渡る声で告げた。
「決勝戦の勝者はローズ・ルチル組‼︎」
「そうか、勝者はローズ達かぁ・・・」
見つめ合う俺とルーナ。
「「・・・え?」」
デリジャンは仕様が無い奴を見る目を俺に向けて深く溜息を吐いた。
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